Nicotto Town


アオイさんの日記


side 外と中の境界線・4

 街の大通りを抜けて、釣り堀のある公園の先、神社をこえた山の近く。ちょっと見落としそうな路地を進んでいくと、さらさらと水の流れる音が聞こえてきた。でこぼこと適当に舗装された道をアオイとヘイゼルは間にマロを挟んだ形でゆっくりと歩いた。

「こんなところに道があったんですね」
「うん。私もこのまえ気が付いたの」
こういう抜け道を見つけるの得意なんですよ。そう言ってアオイは少し自慢げに微笑んだ。
「新しい道を見つけるって、まるで猫みたいですね」
そう言って笑うヘイゼルに、私もそう思う。とアオイも笑って頷いた。
「小さい頃から、塀の穴をこっそりくぐったりとか、家と家の間の隙間を通り抜けてみたりとか、してたからかな。路地とか見つけると、つい気になっちゃうの」
「案外おてんばな子供だったんですね、アオイさんって」
おっとりしている今の姿からはちょっと想像できないけど。そう思いながらヘイゼルが言うと、どうかな、とアオイは少し考えるように首を傾げた。
「でも、ううん。私はそんなにおてんばじゃなかったと思う。私は、ソラの後をいつも追いかけていただけだもの」
そう言って懐かしむ様にアオイは視線を遠くへ向けた。

 ソラ、と言う名前は聞いた事があった。アオイが時々口にするのを耳にしたことがあるのだ。アオイが小さいころからずっと一緒にいた、という「ソラ」の事は、けれど詳しく知らない。おそらくアオイと同じ年の人なのだろう、男なのか女なのか今はアオイと離れて何をしているのか、それすらヘイゼルは知らない。
 見も知らない人物の事を、小さい頃のアオイを知っているというだけで少し羨ましく思いながらヘイゼルが視線を路の脇に向けると、ふ、と淡い光の粒がゆっくりと横切った。

「あ、ホタル」
「え?本当に?」
ヘイゼルの言葉にアオイが声を上げて辺りをきょろきょろと見回した。けれど、先ほどヘイゼルが目にしたホタルの姿はどこかに消えてしまっていて、見つからない。
「やっぱり少し早いのかな」
「そうですね。でもいることは確かだから」
そう言ってヘイゼルも周囲を見回した。
 ふ、と再び小さな光がゆっくりと飛んでいくのに気が付いた。
「あ。またいた」
「どこ?」
闇の中を示すヘイゼルの指先の向く方向に気が付かないで、きょろきょろとあたりを見回しているアオイに、こっちです。とヘイゼルは無意識にその手を取った。
「ほらあそこ」
そう言ってホタルが光る方向へ、アオイの手を引いた。
「あ、本当だ」
ヘイゼルの示した方向にいたホタルの光に無邪気な声をアオイが上げた。ありがとう、と礼を言うアオイにどういたしまして。とヘイゼルも嬉しくなりながら返事をして。
 ようやく自分がアオイの華奢な腕を掴んでいることに気が付き、ヘイゼルは赤面した。

 自分が掴んでいる細くて柔らかな腕の感触にどぎまぎしながら、ヘイゼルは出来るだけさりげなくその手を離した。意識してしまうと、もうドキドキしすぎて胸が痛くてたまらないから。
 そんなヘイゼルの気持ちを知ってか知らずか、ぎゅ、とアオイが手を握ってきた。自分よりも体温の高い、柔らかな手のひらの感触に、どきんと心臓が飛び出てしまうほどに大きく跳ね上がる。
 なんで手を?やばいどうしよう、どうすれば。
突然の出来事にうっすらパニックを起こしかけたヘイゼルに、アオイが無邪気な様子で声をかけてきた。
「ヘイゼルさん、見て。あっち、いっぱいいますよ」
そう言って、ヘイゼルの手を引いてアオイは歩調を早めた。アオイの様子に、足もとにつき従っていたマロも、たっと駆けだした。
 アオイが自分の手を握ってきたのに何の他意がない事に少し落胆しながら、ヘイゼルはそれでも子供のように手を引っ張られるままアオイの後について行った。




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