Nicotto Town


アオイさんの日記


side 夏の終わり・1

 魚人だって魚を食べる。人と同じだ。

「え?魚人でもお魚食べるの?」
そう無遠慮に驚くヤマブキに、微かに眉を寄せてイサナは言った。
「ヤマブキさんだって、豚や牛や、同じ哺乳類を食べるでしょ?それと一緒だよ」
そう言ったらヤマブキは納得していたけれど。

そう、人と同じ。魚だって肉だって食べるし、お菓子だって大好きだ。

「イサナさん、お菓子お土産に持って帰りますか?」
「うん」
アオイの作ったお菓子は好きだ。とイサナは綺麗にラッピングされた焼き菓子を受け取った。
バターに砂糖、たまご、小麦粉。海の中ではなじみのないものばかりを使っているもののはずなのに、美味しいと感じるのはやっぱり半分は人だからなのか。
 ありがとうと言って、ポケットに入れる。帰ったら食べよう、とイサナは思った。イサナたちの暮らす場所は、海底から沢山の空気が吹きだしている。海の中だけど陸とほとんど同じ環境のそこは、魚人である自分たちしか暮らす事が出来ない。
 海の中で暮らすのは、案外大変なのだ。魚の中には凶暴な奴がいるし、ぼんやりしていると暴走サメに轢かれてしまう危険だってあるし。クラゲに気を付けないと、刺されてしまったりもするのだ。

 そう、人と同じなのだ。海の中も外も。
 けれど、人の中には、魚人は人と同じとは思ってくれない人も居るのだ。

 その日の帰り道、いつもならばアオイの店のある浜から直接海へと帰るイサナだったが、今日は街へ買い物をしに行くと言うアオイと一緒に、街に寄って行くことにした。
街の大きな浜からでも帰ることができるし。と、イサナは思ったのだ。最近もう涼しくなってきたせいか、浜辺にやってくる人もまばらになって来ているから。
海の中では売っていない可愛らしい髪飾りや、アオイによく似合う可愛らしいブラウスなんかを二人で眺めていた。
「家の改装をしようと思っていて。今貯金中なんです」
と、似合っていたブラウスを、未練を残しつつ棚に戻しながらアオイは言った。
「似合っていたのに」
「それ以上言わないで。覚悟が揺らいじゃいますから」
意地悪く言うイサナにアオイがそう言って困ったように耳をふさいだ。
 アオイは素直で真っ直ぐだから、からかうと面白い。と本人に言ったら、そんなことないですよ。なんて言うかもしれないけれど。

 和気あいあいとお喋りをしながら二人で並んで街の中を歩いていた時だった。
「こんにちは。こんばんは、かしら?」
物腰の柔ららかな調子で女が声をかけてきた。知り合いだったかしら、とアオイが首をかしげていると、その横でイサナが警戒するように一歩後ずさった。
 何?とアオイが振り返ると、まるで二人を逃さないように見知らぬ男がその背後に回り込んできていた。
「あなたたち、この間お店に来たお客様達ですね?」
知らず堅い口調になりながらアオイが言うと、あのおやじは嘘つきだな。と嗤いながら言った。
「本当は知ってたくせに。魚人の子供の事」
女も嗤いながらそんな事を言う。
 危険信号が頭の中で走る。でも前後を挟まれてしまってどうしよう。とアオイが思わずイサナの手をぎゅ、と握りしめて立ち尽くした。




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