Nicotto Town


アオイさんの日記


side 夏の終わり・2

 と、頭上からこっちよ。と鮮やかな声が響いてきた。そしてそれと共に縄梯子がするる、と降りてきた。声に驚きアオイとイサナが頭上を見上げると、建物の屋上、そこにはいつかの白衣の女性がいた。
 この人も悪い人だったらどうしよう。一瞬躊躇したアオイをイサナがぐいと引っ張った。
「この人は大丈夫」
そう言って有無を言わせずにアオイを縄梯子につかまらせて、イサナはじぶんも縄梯子につかまった。
 二人が掴んだのを確認して、下ろされていた梯子は勢いよく上へと引き上げられた。うわぁ、と吃驚しているアオイの眼下では、不意打ちで逃げられてしまい二人組はあたふたとした様子でこちらを見上げていた。
 
 屋上近くまで引き上げられて、そこからは縄梯子をよじ登って天辺までいくと、果たしてそこには、先日アオイにイサナの事を聞いてきた女性が立っていた。縄梯子はモーターで巻きあげたらしい。自家発電の音が辺りに響いていた。
「早くここから離れましょう。あいつらが追いかけてくるから」
そう白衣の女性は言った。その言葉にイサナは素直にうなずいた。
 全く状況の見えていないアオイだけがぼんやりと立ちつくしていると、はやく、とイサナがその手を握った。
 そのまま非常階段をひとつ降りて、隣のビルへと飛び移り、そこから路地裏に入り込んで人の波に紛れ込み、バスに乗って海の家の奥へと入り込んだ。
「あの、こんなところで、すぐ見つかりませんか?」
そう心配そうに尋ねるアオイに、灯台下暗しだから大丈夫。と白衣の女性は言った。
 分厚い扉一枚向こう側では確かに海の家とは思えない、科学室のような部屋があった。薬品の匂いのするその部屋の椅子に腰をおろして、ここならば、舞う見つからないから大丈夫よ、と女性は微笑んだ。
「それにしても、やっぱりあなたこの子の事を知っていたんじゃない」
「ごめんなさい」
思わず謝ったアオイに、女性は別に良いわよと微笑んだ。

「それで、あの、一体何が起こったんですか?」
お茶とお菓子まで御馳走してもらい、ひと心地ついたアオイがようやくそう問い掛けると、イサナと女性はお互いに顔を見合わせて吹きだした。
「追いかけられた理由とか、いつ聞いてくるかなぁと思ってたけど」
「ちょっとずれてんのよ、アオイは」
そうくすくすと笑う二人に、おもわずアオイがむくれていると、フカさんは悪い人じゃないよ、とイサナは言った。
「さっきのあいつらは、見世物にするために私を探してた。だけどフカさんは私の研究をしたいんだって」
フカと呼ばれた女性は、研究というか、知りたいだけよ。と微笑んだ。
「研究というか、長期間水の中で息ができるメカニズムが知りたいだけよ。この街の人は、不思議を不思議のままにしたがるからね」
そこが良いところでもあるのだけど。
 そう言って、けれど、とフカは笑みを深くした。
「私は知りたい事は知らないと気がすまない性質なのよ。だからこうして、イサナに時々データーを貰っているんだけど」
「それ、イサナさんに無理を言っているわけじゃないですよね?」
心配そうにそう言うアオイに、それはない、とイサナは笑った。
「なんていうか、うーん、アルバイトみたいなもの。だって海の通貨は陸では使えないんだもん」
イサナの言葉に、ほっとしてアオイはようやく微笑んだ。
「この間は、嘘をついてごめんなさい」
「いいえ、イサナの友達でいるにはそれくらい慎重な方がいいわ」
そうフカは笑い、お茶をもう一杯どうぞ、と勧めた。





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