Nicotto Town


アオイさんの日記


side Trick or Treat ・1

 街はかぼちゃのオレンジと闇の黒で埋め尽くされていた。
 今日はハッピーハロウィン。一か月以上も前から、街の住人達は仮装に余念がない。吸血鬼に狼男、ミイラの姿にジャック・オ・ランタンやお化けのかぶりもの。それぞれが思い思いの格好をしてこの来たるべき31日の夜、街中を練り歩いていた。

「トリックオアトリート!」
お化け姿の子供たちの集団に声をかけられて、アオイは楽しげに目を細めた。
「はい、トリート」
そう言って手作りのお菓子を詰めたバスケットを差し出すと、お化け姿の集団は歓声を上げて寄ってきた。
「皆の分、ちゃんとありますから。順番ね」
慌てて言ったアオイの言葉に、お化け姿なのに素直に並んでくれる辺りが微笑ましい。
 バスケットの中身はクッキーやチョコレート、キャンディなど、甘くて小さな子供が好きそうなものばかりだ。それらをひと包みずつ手渡すと、お化け姿の子どもたちはありがとう、と礼を言って去っていった。

 今日は10月31日。朝からアオイの店は仮装した客であふれかえっていた。サハラにも手伝いに入ってもらっている。が、先ほどのように時折子供たちがやって来てお菓子をねだるのでその対応もしなくてはならず、なかなかどうして、目が回るほど忙しい。
 けれど、この忙しさがむしろお祭り気分を増長させているようでアオイは楽しかった。街の浮かれ騒ぎに便乗して先日買った衣装に身を包み、この日を待ちわびていたのだ。
 お菓子も昨日大量につくった。仮装も準備万端。今、楽しまないでいつ楽しむのか!?
 お店の中や外を行きかう仮装した人々の姿に視線を向けて、無意識の内に笑みをこぼしたアオイに、アオイちゃん、とサハラが声をかけた。
「アオイちゃん、ケーキがもうそろそろ無くなりそうだ」
「はい!今すぐにデコレーションしますね」
サハラの言葉にアオイは慌てて厨房に戻った。

 普段は目立つのは苦手と言っているサハラもまた、今日は先日見かけた通りのヴァンパイア姿だ。長身のサハラに昔の貴公子のような吸血鬼の衣装は様になっている。
「なんだかんだ言っても、やっぱり、お祭りには参加したいじゃないか」
少し照れくさそうにしているサハラさんをからかうように、「サハラさん、今日はファンに大サービスだね」と、ヤマブキが言ったりもしていたけれど。
 そんなヤマブキもまた案の定というべきか、ミイラ女の仮装をしていた。少しセクシーな衣装ながらも堂々と、かつ楽しげに仮装をしている辺りがヤマブキらしいというべきか。
「アオイちゃん、トリックオアトリート!」
常連の中で、真っ先にお店にやって来てそう言ったのもヤマブキで。そのらしさに思わずアオイは吹き出してしまった。
「ヤマブキ、いい大人がお菓子をねだるものじゃないわよ」
と、そんなヤマブキを諌めたのもいつものとおりカスミだった。カスミもまた、魔女の仮装をしていてそれがよく似合っている。
「大丈夫ですよ。今日はお客様みなさんにお菓子を配る予定なんです」
そう言ってセロハンで包んだクッキーとキャンディを差し出すと、やった、とヤマブキは声を上げた。


 午後、お店が少し落ち着いた頃。イサナや常連の親父達が現われて渾身の仮装を披露してくれたりして。そうして一日をばたばたと終えて、いつの間にか日は西へ傾き始めていた。
 夕暮れ時に行われる街中の仮装パレードに参加するという事でヤマブキやサハラたちは一度お店から出る事にしたらしい。
「アオイは行かないの?」
そう言ってイサナが誘いの言葉をかけたが、アオイは首を横に振った。
「夜になったらまた皆さん戻ってくるでしょ?飲み物とか食べ物用意して待ってます」
それに、と付け足すようにアオイは言った。
「ヘイゼルさんが今日はまだ来てないから。私が居ない間に来てしまったら行き違いになっちゃうし」
「その言葉、ヘイゼル少年に聞かせたいわ」
くすくすとからかうようにヤマブキは笑った。そのからかいの真意が分からず微かに首をかしげているアオイに、じゃあ行ってきます、と常連客の面々は店から去っていった。




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.