クリスマス目前の今日。そろそろここを発つよと、ワタリは言った。その言葉に、もう行っちゃうんですか？とアオイは情けない声を出した。
「いつですか？」
「うん、今日」
そう言って、コーヒーを美味しそうに飲むワタリにそんなあ、とアオイは幼い子供のような声を上げた。
「まだ来たばかりなのに」
「長居した方だと思うけどな」
淋しげに俯いたアオイの頭を、そう言ってワタリはぽんと軽く撫でた。
「俺が旅ばっかりなのはいつもの事じゃないか」
「そうですけど。久しぶりに会えたのに」
「また来るよ」
「またって、いつですか」
そう拗ねたように言って、これはサービスです。と焼き菓子を差し出してきた。
「餞別、っていうやつです」
そう言って差し出された菓子を受け取って、ありがとう、とワタリは笑った。
「だけど、やっぱりさびしいものですね」
「どうして？」
「だって北の街を知ってる人はここにいないから。故郷の話が出来るのはやっぱり嬉しいものだなって」
揺れるように呟くアオイに、ふと、思いついた事があった。けれど、と思いながらもその思いつきを口にしてみる。
「それなら、アオイも一緒に来るか？」
「一緒に、ってワタリさんとですか？」
ワタリの言葉に、アオイが驚いた声を上げた。
「そうだよ、アオイも旅すればいいんだよ。そうすれば故郷の北の街にも行く事が出来るし、ソラにだって会える。ここに戻りたくなればまた旅の途中に立ち寄ればいいだけだし」
わざと生真面目な顔でワタリは言った。
　ワタリの言葉に、アオイは目をぱちぱち数度瞬かせて、けれど直ぐに首を横に振った。
「私には旅はできません」
眉をハの字に下げて、アオイは言った。
「だって、旅をしたらその分沢山の人に会えるけど、お別れもたくさんあるのでしょう？私は、見送る側の方がやっぱりいいです」
困った様子で、けれどきっぱりとアオイはそう言う。その言葉がアオイらしくて、ふとワタリは笑った。
「だろうな。ソラならついてきてくれそうだけど」
そうからかうように言えば、もう、とアオイもまた苦笑気味に笑った。
「からかいましたね」
「答えの分かっている問い掛けだ。からかうつもりじゃなかったら、訊けないよ」
はははと笑って。ワタリはそのまま目を細めた。
「アオイはもうここに居る事に決めたんだろ？じゃあ俺の事を待っててくれなくちゃ」
「…そうですね」
ため息まじりにアオイはそう言って微笑んだ。

「それで、次はどこに行くんですか？」
「届け物があるから、もう一度ソラの暮らす街に寄って、それから、寒くなってきたから南にでも行こうかな。まあこの時期食い物が美味いのは北国だから、そっちに向かっても良いんだけど」
そう言って、ワタリはまだ訪れぬ街並みに想いをはせるように視線を遠くに向けた。
　この先、どれだけ流れる事が出来るか分からないけれど。けれど、行ける場所には行ってみたい。行けない場所にも何とかして足を踏み入れたい。
　コーヒーを飲みながら、行先未定の旅立つ寸前のこの瞬間が好きだ。どこにでも行けるような、まだもう少しだけこの場所に留まっていたような、そんな境界線の感覚。
　ふわふわと脈絡もなく思考を揺らしていると、アオイがコーヒーのお代わりを差し出しながら、微笑んだ。
「ワタリさん、絶対にまた来てください。それで、土産話を沢山してくださいね」
淋しげだが期待に満ちた眼差しでそう言う。その眼差しを受けて、ああ、とワタリは思った。
　きっとこうして自分の事を待っている人があちこちに居るから、自分は旅をしたいのだろう。
　必ず、と大きくうなずいてワタリは新しく淹れられたコーヒーに口をつけた。

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ヘイゼル少年のもやもやを何とかしたいなぁ～、とつらつら書いていたはずが
何故かワタリさんの旅立ちの話になってしまいました。
あれ？
しかも全開とちょっと内容が重複してるし。
あれえ？？

旅は好きです。
あてのない旅はさすがにやったことないけどね。