「とーりゃんせ、とーりゃんせ」
　すすき野原に子供たちの声が響く。両手をつないで関所を作っている子も、輪になってその下を通っていく子も、次は誰が捕まるか気になって仕方がないようだ。お互いに目が合ってはくすくすと笑いながら、大きな声で歌い続けている。

　たそがれ時の人間界は異界と繋がりやすい。繋がるといっても、ほんの部分的にでしかない。だが、ぞの繋がりを異界の物の怪たちは心待ちにしている。
　二つの世界が重なった地点において、異界では人間の様子が透けて見えるようになる。物の怪たちは向こうへ行って、わざと姿を現して人間を脅かしたり、不幸へ陥れたりして愉しんでいた。
　一方、普通の人間には異界も人間界に来た物の怪も見えない。見えるものは余程霊感の強い者か特異な能力を持った者だけである。

　この日、人間界のある公園と異界のすすき野原に繋がりができていた。人間界では夕方でも、異界ではもう月の高い夜。子供たちの明るい声は、この世界の物の怪には耳障りでしかない。腰を下ろして休んでいた妖狐の亜希は、その声で眠りから覚めた。しばらく遠目に眺めていたがこれでもう三回目だ。肩の上で苛立たしげに耳を動かす白狐を撫でる。亜希も起こされたことを腹立たしく思ってはいたが、口元には怪しげな笑みが浮かんでいた。
　―まったく、無邪気なものよ。
　透けて見えている子供たちはこの歌の怖さを知らない。みな楽しそうに遊んでいるが、歌詞にある「祝い」の後に何が待っているか知ったらどんな顔をするのだろうか。おそらく、二度とこの遊びはできまい。子供たちが縮み上がる様を思い描くだけで、亜希は愉快でならなかった。
「いきはよいよい、かえりはこわい」
　歌が終わりに近づくにつれ、回っている子たちの速さが増す。捕まるのはだれか、気持ちの高鳴りと共に歌声も大きくなる。
「とーりゃんせ、とーぉりゃん…せ！」
　いよいよ最後、関所役がさっと手を下ろすと、悲鳴とも歓声とも言える声が沸き上がった。
　あまりのうるささに、白狐が頭をもたげて子供たちを睨む。亜希はクツクツと笑った。
「起こされた礼はせねばな。」
　立ち上がってすすきを手折り、その穂をなでる。穂は一瞬だけ黒くなり、また元の黄金色に戻る。白狐は主人の意図を察して楽しそうに鳴いた。
　亜希は子供たちに向かって歩き出す。事故か病気か、それとも昨今の流行であるいじめにするか、どの子に何を贈ろうかと考える足取りは軽い。
　亜希が子供たちの輪に入ると、すすき野原から小さな公園へと景色が変わる。子供たちは遊びを終わりにし、明日の約束などをしていた。その間をゆっくりと進み、子供たちの頭をすすきでなでれば、その度に黒い火が舞い上がる。挨拶をして家へと帰って行く顔はどれも明るくて明日を憂う様子など微塵もない。しかし、霊感の強い者がいたら、子供たちが黒い火に包まれているのが見えただろう。
「行きはよいよい、帰りは怖い…」
　子供たちを見送る妖狐の目は強い光を放っている。白狐が肩から飛び降り、ある兄弟を少し追ってから亜希を振り返った。そう、まずはあの二人で次は短髪の女の子だ。すでに始まっている喜劇を見に、暗くなっていく町へと歩き出していった