Nicotto Town



三遊亭金馬『居酒屋』その1

仕事帰りの労働者の方が、汗のにじんだ印半纏(しるしばんてん)に、手ぬぐいの先におベント箱結わえつけまして、肩へひっかけます、往来のお酒屋さんを通り過ぎることができませんで、”ゴクッ“ 生ツバキを飲み込んで飛び込みます。 「もぎり一つくれよ!」 量り売りを“もぎり”といいます。 枡へなみなみと注いでもらいまして、親指を上へかけまして、これをマスの隅から一息に“キュ~~”と飲み干しまして、前歯でマスの隅をギュッとかむのが常識となってまして,使いこんだ枡ですから古くからしみ込んだ酒が、かむとたんに細かい泡となってジュクジュクと出てくる・・味わいが有ります、波の花(塩)かなんかひょいっと摘まんで 「御馳走さん!」 飛び出していく後姿を見ても粋ですな。 ああいう方に金屏風の前で二の膳付きでお酌をしてあげても喜ばないだろうと思いますが。

 晩餐のお楽しみにはまた別の味のあるもので、長火鉢を間にご婦人と差向い、お鍋かなんかで、・・ご自分の御酒ですからいくらで召し上がってもよさそうなものを、奥さんに気兼ねしながら召し上がってますが、あそこもいいところですな。

「おい、もう一本つけといでよ」 『お決まりだけ上がったんですから、お毒ですから』 「んなこと言わねぇで、え、何だじゃあもう半分、な! はは、お辞儀するから」 お辞儀をしてまで飲まなくてもよさそうなもんでございます、あそこに面白いところがございます。 

我々がよく入りますのは居酒屋と言うんですが、この頃少なくなりまして、無くなったのかと思ったらバーと名前替えを致しまして、大した違いではございません。 長のれんも古いからってんで取っ払っちゃって、ガラス戸にしまして、いつまで醤油樽でもないってんで学校の払い下げの椅子かなんか並べちまって、羽目板が汚くなったてんでペンキか防腐剤で一ハケ塗るとどんな居酒屋も一躍バーと早変わりします。 ”居酒屋も一ハケぬればバーとなり”

十二、三に成りますヒビだらけの小僧さんがひとり隅に居眠りをしています、入り口に赤い犬が寝そべっていると言うのが番です。 飛び込んでくるんが決まってます、めくら縞の長半纏に、濡れっ手拭い肩へピシリッと引っ掛けます。 ゲンコで一つ水っぱなこすり上げます、頭でのれんを分けて入ってきます。 気の置けないものにからかいながら飲むくらい、酔いの発散する事はございません。 酔っぱらってしまうと子供みたいな愚にもつかないことを真面目な顔してしゃべってるところに、酔っぱらいの面白みが有るもんで、

「御免よ」 『へい~~い、宮下へお掛け、ない~~い』 「何だ?」 『大神宮様の下が空いておりますから、宮下へ、お掛けない~~い』 「どっか破けたような声出すなよ、大神宮様の下? はは、面白いなー、こりゃ宮下とはつけたなー。 小僧さんお酒もってきてくれ」 

『へい~~ぃ、お酒は澄んだんですか、濁ったのですか?』 「・・変な聞き方するなよ、おめぇは人の柄を見るね、頭の先から足の先まで見おろしゃがって、澄んだんですか、濁ったの? 濁った酒なんか飲めるかい、澄んだんだよ」 『へい~~ぃ、上一升~~~!』 「おい、ちょっと待てよ、おい、一合でいいんだよ」 『へへ、こりゃ景気でございます』 「・んだ、景気か、おりゃあびっくりしちゃったよおい,脅かすねぇ、景気ならもっと大きくやりなよ、上一斗とか何とか」・・

『お待ちどうさま』 「ほいきた、・・お、お、小僧さん、このチョコはいけねんだ、小せぇ物で飲んでたんじゃ酔わねぇんだよ、えー、生あくびばっかりでてくんだー、えー、生酔いになっちゃうからな、ぐい飲みてのはねぇかい、湯呑でもなんでもいいから、がぶがぶっと飲んで酔ってきたら小せぇんでいいから、あ、湯呑、ああいいよ。・・あっとっと、おいてどんどんそっち行っちゃうなよ、一ペイついでけよ!」 『まことに相すみません、込み合いますからご手酌で願います』 

「何だはっきり断りやがる、愛想のねぇこと言うもんじゃないよ、一晩中ここについててお酌してくれってんじゃねぇや、持って来たついでだから一杯だけ酌しろってんだ、ねぇー、混み・・混み合いますって誰も他に居やしねぇじゃないか、変なこと言うなよ。」

(その2へ続く)




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