Nicotto Town



三遊亭金馬『高田馬場』その4

『ん! きっと言葉を捉えたぞ!』 「年老いたれど岩渕伝内、武士に二言はござらん」 そのまんま右と左に別れた。・・・

「吉つぁん!」 『え?』 「かたき討ちどうしたい?」 『日延べ!』 「え?」 『日延べ』

「よせやい、開業式じゃねぇやなぁ、かたき討ちの日延べてのはあるかい! 曽我兄弟が十八年、よく辛抱したって感心してんじゃねぇか、それを上越す二年だろ、二十年も待って仇を尋ねるためにガマの油売りになったんじゃねぇか! 傷口がようやく分かって仇だと分かって待つ奴が有るかい?」

『あるかいったって、俺が待つって言ったんじゃねぇもの、相手が待ったんだもの!』 「あんまり歯がゆい野郎だ」 『歯ぎしりしなよ』 「そりゃ歯ぎしりできるくれぇなら悔しがりゃしねぇんだよ、そっぱで歯ぎしりできねぇんだ(金馬さんは大変なそっぱで禿げでした)。 こないだもずいぶん悔しい時が有って、どうしても歯ぎしりが出来ねぇんだ。 仕方がないから町内の車屋さんのおかみさんに歯ぎしりしてもらったんだ。 で、してくれたんだよ、その代わり後から歯代を取られた」 『くだらないこと言うなよ、あした高田馬場未の刻てんだ、昼時分じゃねぇか、弁とでも持って行って見ねぇな、行こうか?』 「そうか、行こう!」

こういうのがあっちへ一っ塊り、こっちへ一っ塊り、明日どうして食う事に苦労なんて、暮らすことに心配なく、どうやって遊ぼうなんて遊ぶことにその頭を使ってた太平の民って奴で、のんきなのは町内帰ると吹聴してます。

「お~い、松さん竹さん金さんおいでよ、いい事話をしてやらぁ」 『何だい?』 「観音様でガマの油売ってた男が有ったろ、兄弟で」 『あーあ』 「あれね、仇持ちなんだとさ、仇を探すためにあんな事してたんだとさ。 今日出っ食わしちゃったよ、あーもう六十以上にもなったやせっこけた干物みたいな爺いでね、待ってくれてんだよ。 あの、お使いに行った帰りだからね、その御主人の使いさしてやってくれって。 あした未の刻に高田馬場へ来てくれてんだよ、未の刻っていやぁ昼前だろ、行って見ねぇなおめぇ、弁とでも持ってよう、あー、芝居だの講釈で見たり聞いたりしたって本当のかたき打ち見たことねぇだろ。 行ってごらん、俺がそう言ったといやタダだから!」

タダほど安い物はないと人気が立ちまして、当日の高田馬場、未の刻前だというのにいっぱいの人です。 幸いなのは近所の茶屋小屋です、草の根、木の根へ腰をおろして待つわけにいきません、懐都合のいい人は小料理屋に入って一杯飲む。 弁当握り飯持ってった人は掛茶屋へ入って茶碗貰う、それを当てに葦簀(よしず)っぱりの掛茶屋がずーと並んでます。

「おっそろしい、大変な人気だなー、えー、この掛茶屋、かたき討ちのために出来たんだぜ、はっはっはっは、どっか行って一っぺぇやろうか!」 『あー、ろくな物はねぇよー』 「あー、仕方がないよ、うまいもん食おうと思やぁ、そうじゃあねぇんだよ、え、時刻をつなぐんだよ」 『空いてりゃいいけどな』

「ごめんよ!」 『いらっしゃいまし!』 「二人だがどっか空いてるか?」 『便所の脇なら空いてます』 「ふっ、んなとこ空いてやがんな、いいよ仕方がねぇよ、二人案内してくんねぇ」 『こちらへいらっしゃいまし、どうぞこちらへ、・・まことに相すみません、おタバコをお置き下さいませ、二人さんだけご無理をお願いします』 「ありがとありがと、・・すいませんねどうも・・姉さん酒があんのか?」 『まだ少々あります』 「心細い事言いっこなしにしようぜ、無くならねぇうちに五、六っ本持ってきてくれ。 熱くしてこいや! うーん、冷め(さめ)でちょうどいい加減にな、せから摘まむ物あんだろ?」 『もう何にもございません、みんなです』 「何かあるだろ?」 『焼きのりか卵ぐらいですね』 「っと、食ったって旨くねぇもんだ、それでもいいや無くならねぇうちに4人前ばかり持ってきてくれ。 何か始まったらおせーてくれよ!・・一杯やろう」

「あー、うん・・だけど何だってね、芝居のチャンチャンバラバラってのとはわけが違って、真剣勝負って、本当のはそんな訳に行かないってね! 十軒二十軒も離れてじーっと見合ってんだって。 ジリッ、ジリリッって側へ来てね、切っ先と切っ先が“チャリーン”てと、“ぺ~~”っと飛び退いちゃうとさ・・始まったら早いよ、“チャンチャン、バサッ!!”ってね。 あの湯から上がって濡れ手拭い叩く音、ありゃ首斬る音だ、人間斬る音だ、あの通りだとさ。 だからあの、気にする奴は濡れ手拭い叩く音いやがるんだって」 『ん~ん』 「そりゃ面白いだろうと思うんだ」・・・

(その5に続く)




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