三遊亭金馬『釣り堀にて』その2
- カテゴリ:お笑い
- 2009/03/25 11:01:50
で、釣り堀が一番よおございますが、昭和の初め頃にはまだ東京市中に五、六十軒そういう釣り堀がございましたもので、下町行きますてぇとかすかに武蔵野の面影が残っているなんて釣り堀がございます。 12月となりますてぇと、もうそうどっさり来る人が有りません。 寒いので後ろに風除けの葦簀(よしず)が、簀子(すのこ)板の上へゴザと座布団が敷いてありまして、広々とした釣り堀に60以上に成る御隠居さんと22、3に成る青年2人きりです。
「どうしましたい、長谷川さん、ねえ・・どうしたんですよー、大変元気がないじゃありませんか、えー? なにをそう悲観してらっしゃるんですか? ねえ?」 『つまらないんですよ~』 「ほー、つまらない!? 今っからあんたそんなー・・世間でよく言うじゃありませんか、つまらんと言うは小さな知恵袋ってね、ならぬ堪忍するが堪忍・・あ、こりゃ違ったかなー、はっはっはっは・・」
『御隠居さん、本当の親ってのはそんなに有難いもんですかね?』 「え?」 『いや、あの自分を生んでくれた父親ってものがそんなにも有難いもんですかしら?』 「父親ねえ!」
『お恥ずかしいんですがあたしには父親が3人有るんです』 「3人!」 『生みの親と育ての親と今までお父っつぁんと呼んでる父親とね』 「はーはー、ちょうど今食いが止まっちゃったとこで、差支えなかったら・・」
『あたしの家、芸者屋なんです。 おふくろは芸者なんですがね、それも根っからの芸者じゃないんです。 お嬢さんで育ったんですが18ん時にある金持ちから是非と望まれまして嫁に行ったんです。 そこであたしが出来たんですが、何か深い訳があったんでしょう、別れましてあたしを連れて出てしまいます。 私を里子に出して自分は死んだ気になって芸者に出たんです』
「ほおぉほー」 『あたしはずっと里親に育てられましてね、小学校出ると母親の元へ帰されまして、ここに今の父親がいたんです。』 「ほーほーほーほー」 『ところがこの父親っていう人がよく出来た人でしてねぇ、おふくろが中学出たら上の学校だ、さあー大学だと騒ぎ立てるのを、その人は“この子に無理にそう学問を強いるのは無駄じゃあないか? この子の好きなようにさしといた方がいいだろう”て言ってくれるような人なんです。』 「へぇ」 『そんときに御隠居さんおふくろ何と返事したと思います?』 「へえ」
『ただもう興奮しちゃいましてね、“あなたそれ程までにこの子が憎いんですか? 学門が無駄とはなんです! それでも親ですか、親の役目が務まるんですか?”と泣いて騒ぎ立てるんですよ。 さすがの親父も怒ってしまいまして。 すると今度はおふくろ、あたしに向かって“お前が可哀そうだ、お前が何にも知らないからお前が可哀そうだ”こう言うんです。 それからあたしが“知らないてのは、何を知らないんです? 何がそんなに可哀そうなんです?”と言いますとね、“今に分かる、今に分かる時が来るよ”と言って泣くんですが、なーにあたしゃ中学3年時分から今の親父が本当の親父じゃないっての知ってたんですが、それだけに親父はあたしに引け目を感じさせないようにやさしくいたわって、面倒みて世話焼いてくれました。 あたしみたいな者が中学だけでも無事に出られたのはその人のお陰なんです。 えー、親父の方が可哀そうなんです、可哀そうなのはむしろ親父ですよ。 おふくろの方が全然逆恨みなんです。 つくづくそう思いましたねぇー、女ってなぁどうしてこうも下らないもんかと。』 「へぇ」
『それからざっと1年です。 親父の足がだんだん遠のきまして、たまにしか顔を見せなくなりました。 おふくろはそれをいい事に“あんな人の世話にゃぁならない”と妙に強気を出しまして、仕舞いにゃぁ電話一本掛かってきません。・・昨日何ですよ、あたしが図書館行くってんでごまかして内を出ようとしますとおふくろが“あの、お前に改まって話したいことが有るからちょいとこっち来ておくれ”こう言うんです。 から“おっ母さん何です改まっての話てのは?” あとへ付いてきますとおふくろの部屋です。 “信夫や、お前の本当~~のお父っつぁんに会わしてやろう”こう言うんですよ。 あたしゃ知らばっくれましてね、“本当のお父っつぁんて、今のお父っつぁんが本当じゃないんですか、じゃあ今のお父っつぁんはありゃ何なんです?”って聞いたんです。』
「ふーん、うーん、痛いとこ付きましたねー、・・どうしました?」 『こう言いきったんですよー、するとおふくろびっくりしましてねー、“今まで隠してたのは悪かった、勘忍しておくれ”って泣くんです。』
(その2へ続く)

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- にょりか
- 2009/04/06 14:50
- ほぉほぉ・・・んで・・・次、つぎ・・・
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