古今て志ん生『柳田角乃進』その5
- カテゴリ:お笑い
- 2009/04/30 11:55:57
「何でお前勝手にそういう事を考えるんだい!・・いや、あたしもお前の主人だ、あ! お前の粗相はやっぱしあたしにも有る、お前と私が柳田様に斬られればそれで済む。 あの潔白なお方にそんな汚名着せておきたくない・・捜しなさい! 皆!・・褒美として10円上げますよ!」
今は10円だけど昔は10両だった、今の10円は何でもないがその頃の10両は大変ね・・「10両誰にでも上げるんだ、小僧でも何でも、捜しなさい!」ってみんな喜びやがって・・
「へへ、いやあどうも10両ですか!」 びくびくしてんのは番頭の徳兵衛ばかりで・・商売休み、内中の者が朝起きるてぇとご飯を食べて、“行って参ります”で柳田様を捜してるんで・・『へ! 皆探しに行ったって柳田って人が江戸に居なかったらそれまでだ、大概居やしないよ、もー・・』 「番頭さん、ただ今!」 『・・畜生・・飛んで歩いてやがる・・何処行ったんだ?』 「え、柳田様の、あのお方を捜そうと思いましてね、ヘイ・・方々捜してんですがねー、ええどうもあたしは人を捜すのが下手で・・えー今日はあの観音様をお参りしてお百度踏みましてなー、どうぞ柳田様に会えるようにと・・」 『苦になる事しやがる、で、どうした?』 「そいであたしこっち来たらばあそこに易者が出てました、易者に見てもらったんです。 こう言うような尋ね人なんですが出ましょうかって、そう言ったんです。 そしたらこれは出るとこう言ったんです。」 『おい、出るってそう言ったのか?』 「ええ、出るって! そいであたしはどうも当たるも八卦当たらぬも八卦で、こりゃあ当てにならないと思いながら西町まで行くとパーっと出っ食わしました!」 『柳田さんか?!』 「いえ、下谷の伯母さんに!」 『何言ってやがんだ!』・・みな手を分けて探してる・・・
一陽来福、新玉の春を迎えて元日、2日、3日、4日の日は万屋徳兵衛は御主人の代わりでもって山の手へ年頭に行きまして、頭(かしら)を供に連れて、自分は羽織袴で脇差を指して方々へ年頭に歩く・・ちょうど暮れ方湯島の切通しをこう下りて行く。 すると下からアンポツの駕籠を連れ添って上がってくる武士がいる。 それがどうも自分が駕籠について上がってくるのは、切通しの坂当たりを駕籠に乗ると駕籠屋が骨が折れる、それで降りて自分が一緒に籠と供に上がってきた。 徳兵衛が上からこう下りてきてひょいって見ると、駕籠脇にいる武士がオランダ羅紗の長ワッパを着て居ります、柄袋を打った大小、渋蛇の目に足駄履きで、宗十郎頭巾を被って・・
『大層なもんだなー、えー! 裾だけ羅紗何て言うのは一寸幾らするもんだろ? それをワッパにしておいでになるのは・・贅沢な事をなさる。』 質屋の番頭だからすぐそれへ気が付いた。 どのくらいな家格の人だろうと思いながらス~っとすれ違う・・「それへ御出でになるのは万屋の御支配ではないか?」 『?・・どなた様で御座いましょう?』 ・・(頭巾を取る)・・「柳田角乃進だ」 『!・・は!・・柳田様ですか?!・・』 「お変りはないか?」 『へえ・・変わりは御座いません・・』
「この柳田先刻会って以来無沙汰致していると、御主人にそう言ってくれ」 『へ』 「春でここで会ったんだから、どっかで・・一献酌み交わそうかの?」 『いえ、あの用事が御座いますから・・』 「まあまあ春である、湯島天神の境内には旨い物屋が在る、うー、一緒に来なさい。」 『へい、じゃ只今参りますから』・・・
『頭! ちょいと!』 「何です?」 『あそこへ行くお武家はねー、内の棚にいた柳田様だよ』 「へ? あの柳田様! あの旦さんがあの何してる・・皆捜してる柳田様! へ~~、とうとう柳田様居りましたか!」 『居たんだよ、うーん!』 「うーん、そりゃ何だね、えー、そりゃよかった」 『何言ってんだよお前!喜んでる』 「喜ぶじゃありませんか、ねー、そう言う汚名を着せたお方が・・そりゃ、そりゃあ番頭さん、ちょうどいい機会だよ、どうすんのこれから?」 『どうすんのったってご飯食べて行かなきゃいけない。 え、袴なんか履いちゃあいられねぇから皆持ってってくれ』ってんで番頭ときたら袴脱いで脇差を渡して・・『これ持ってって旦那にそう言っとくれ、柳田様に途中で会ったからって事だけをね』 「へい宜しいガス、えー! そりゃ言いますとも!・・じゃあ何だ、どうしたってあんた斬られちまう」 『そうだよ!』 「へへ、長年の付き合いでね・・どうも御名残り惜しい事で・・なんかじゃあ貴方に差し上げなくちゃいけないけども・・あれ上げましょ、こっちいらっしゃい!」 『何だい?』 「あのもっとこう、えー、どのくらいか寸法を・・早桶を・・」 番頭の徳兵衛青くなっちゃって・・
(その6へ続く)