Nicotto Town



旭堂南陵『矢作橋』その3

あー、藤吉郎食い始めたんですが、体は小せぇが大食いの人で半分と言われたら後の半分が食いたくてしょうがない。 答え無しに食う訳にいかんから、何とかして後の半分を平らげてやろうと思ったから、藤吉・・

「あーこりゃ旨い・・(プップップッ)・・こりゃ旨い・・(プププッ)」 『あーう、これこれこれ、何をしてるん?! 悪い癖があるなー!弁当の中へツバキを吐きかけちゃいけないじゃないか!』 

「いや俺はなー、うーんと腹が減ってるんだ、この弁当一本でも足らんぐらいだ。 それを半分残さにゃならんと思うと口へ水が溜まってくる・・そいだから(ププーッ!)」 

『あー、汚い! おい飯粒の頭ツバキだらけだよ・・もそんな物が食えるかよ、もうしょうがない食っちまえ食っちまえ! お前みんな食っちまえ!』

「はっはっはー、そうかい、俺の口から飛び出したツバキだ、俺の口へ逆戻りだー・・いやこれは御馳走さん。」 『ひどい男だなこの男は、あーあ、とうとう一本みな食っちゃった。さあお茶をおあがり。』 「いや御馳走さん。」 『それでは見せてくれ!』 「あー、どうぞ見てくれ、満腹したから、さあ!」

天眼鏡を取ったかの易者は藤吉郎の前へ立ってじっと人相を・・そのまた天眼鏡で藤吉は易者の人相をじっと見ながら、「(う~ん、この易者中々いい相をしているな、こいつは出世するでこの男は!)」 どっちが易者か分からない。 

手相から人相、すっかりと見てしまった易者、『いやーどうもお手間を取ってすまなかった、さあーお急ぎであろう、どうぞ行ってくれー』 「んん、あーどういう人相が出た?」 『いやいやお手間を取った、どうぞ行ってくれ!』

「いやいや俺も見られた、だいぶ長い間かかっていたから・・どういう人相だ? ちょっと言うてくれ、自分の顔だから気になる、ちょっと言うてくれ!」 

『お前がちょっとゆうてくれと言うならゆうてあげよう。』 「はあ」 『そのかわりに食うた物は戻せとは言えんから、お前に払った見料返せ!』 「え? 見料返す?」 『俺は見料払ってまで見たお前の相だから俺さえ分かっていたらいいのだ、お前がそれをどういう人相だ言うてくれと言えばお前の為に見てやったんだから見料返せ!』 

「あ、成る程、こりゃあ理屈だな~、俺はなー、いったん収まった金はよう返さないから・・じゃまたそれじゃあー会う時も有るだろう、じゃ易者これで別れよう、さいなら!」

そんなり藤吉郎、サクサクサクサク歩き出すとたんに、“ザバン、ザバン、ザバン、ザッバ~ン!”という水音! ひょいっと振り返ってみるというと易者は先ず第一に天眼鏡を先に川へ投げ込み、算木筮竹を掴んでこれを川へ放り込んでるから驚いた、藤吉! 

「これこれこれ! 何をするんだ、お前商売道具川へ放り込んでどうするんだ?」 『や、うっちゃっといてくれ、俺のもんだから勝手に俺が放り込む!』 「いやや、待て待て! 何でそんな馬鹿な事をするんだ?」

『俺はな、今日まで易という物を信じていた、それだによってお前の人相は弁当まで食われて見たんだ! 今日という今日は易には愛想が尽きた。 こんな馬鹿馬鹿しい物、人を惑わすのは嫌だ! 易書も皆川へ放り込むんだ!』

「いや、俺の相見てから?」 『如何にも!』 「俺の相は変わってるなー、易者が廃業する相かいなこりゃ? どういう訳だそれは?」

『もうこうなったら仕方がない、ゆうてやろうー、お前の人相はな、向こうから来るのをこっちでじっと見ていたんだ、あんまり不思議だから見たんだ、何にも言わん他の事は、お前は三公の官位に昇る相が備わっている。 三公の官位と言えば右大臣、左大臣、太政大臣(だじょうだいじん)、言わば大臣だ。 言うと失礼だがお前の身分は今当ててみようか、えー? そうだなー、んん、禄に離れてるだろうお前は。』

「や、はっはっ、当てやがった、禄に離れてる、ああー侍の失業じゃい。」 『そのお前がだね、どの位とんとん拍子に出世をしたところが大臣といやあ侍の天下だ、いわゆる武家の司、将軍だ! そんなもんに成れる訳が無い、大名の倅にその相が有ればこの人は武家の司と思うがお前に有ったんでは成れる道理が無いから、易てぇもんは馬鹿なもんだ。』

(その4へ続く)




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