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柳家小さん『将棋の殿様』その1

えー、昔泰平の頃のお大名は随分我儘な処がございまして、えー、ご家来なぞも殿様の言う事はご無理ごもっともで、白いものを黒いと言っても 「左様でございます」と言うような訳ですな。 それにこの泰平になりますてぇと、これと言って戦もございませんから、毎日が退屈でございます、ご登城するくらいのところですから後は家来どもを集めていろいろと話などを聞きましても、どうも一向に面白くない、なんてぇ事になりまして、

「あー、これ、今日はな、あー・・色々と考えたが、幼少の頃にな、将棋を覚えたが、・・其の方たちは将棋を指すか?」 

『はは、えー、駒の動きぐらいは存じておりますので』

「んー、左様か、・・では余の相手を致すか?」 

『は、・・とてもお相手という訳にまいりませんが、お稽古を一つお願いを致します。』 

「ん! では将棋盤を持て!」 

結構な将棋盤が運ばれまして、我々のように縁台将棋でもってやってる将棋盤とはわけが違いますな、真黒になっちゃって刷りが分からなくなって、駒なぞ足らなくて 「おー、じゃぁこの香子(きょうす、香車の事)は、何だよ・・このボタンが香子だから」 なんてね、そんなのとはわけが違いますからな、・・・結構な盤を備えまして、・・

「あ~、早く並べろ!」 

『は、手前はもう並べましてございます』 

「其の方は並べておっても、余のが並んでおらん!」 

『あ、どうも、これは気づきませんで・・』・・相手の駒を並べたりいたします。

『殿に伺います』 「ん?」 『よく下様(しもさま、庶民の事)ではこの歩を用いまして、金(と金)か歩かと尋ねまして、仮に殿が金と申しまして、これをその、・・こう振りまして金が出ますと殿が先手、歩が出ますと手前が先手となりますが、いかが致しましょう?』 

「おお左様か、う~、先へ出るのと後から出るのではどちらが利益だ?」 『それは先の方が得でございます。』 「ん!では余が先にまいる!」・・・

「んー、・・このなー、将棋と申すもの、この角は陣地におっては誠にな、あー、だらしないものだが、いったん敵陣に入って成ると(成角、馬とも言う)、縦横に動けるのでな、その入れ知恵をしてやるために、まずこの角の道から歩を突いて空けるのが法と聞いてるがどうじゃ?」 

『はは、如何にも、碁には碁の定石がございます、将棋には将棋の法が有るものでございまして、角道から出るのはその法にかなっておると存じます、ご明示でございます』 「ん、左様か」

『は、では手前は工夫を凝らしまして、この方から出るように致します』 「ん、左様か、ではこれへ・・こう参るぞ」 『はは、はー、殿は手順が出来ておりますので、誠にどうも・・こちらも指しにくうございます。 恐れ入ります』 「これぃ、いちいち頭を下げるな! ・・う~、いいから早よう致せ」

『はは、ではこういう事に』 「ん、ではこう参るぞ」 『はは、えー、誠に殿にはご上達でございます、恐れ入ります』 

「頭を下げるなと言うに、なー、、そのいちいち敵方を褒める奴が有るか、・・・・あ、待て待て、これ、・・あーその歩を取ってはならんぞ!・・その歩を取ってはならん!」

『えー、殿の金が上がりましたので、今度は手前の番でございますので、この歩を・・』 

「いや、其の方の番であっても、それは取ってはならん!」 

『いや、その手前の手でございま・・』 

「いや、其の方の手であるが、その歩を取られては此の方が不都合であるから・・・んー・・ほかの手を致せ」

『はー、左様でございますか? これは恐れ入ります、・・・えー、それでは・・やることがございません、端の歩をこう・・』 

「左様か、(ふふん)あー、では余がこの歩を、・・まことに都合が良い」 『はー、ご尤もでございます』・・・

「んー、いちいちそのな、・・首を傾げて考えているようでは何だぞ、・・うー、戦いは勝てんぞ。 よいか、んー、下手な考え休むに似たりと申すからな・・・・・ん! あれ!・・こら、いつの間に其の方の飛車が余の陣地に入って参った? あまつさえ、辺りの駒を取る、・・・けしからん・・ん!!」

『いや、えー、この飛車は、艱難辛苦致しまして、ようやくと敵の陣地に入りましたもの、どうぞご憐憫の沙汰をもちまして、この飛車だけはそのまま据え置きを願いとうございます。』
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(その2へ続く)




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