「いや、けしからん、・・ん！　その方がいかに嘆願に及ぼうと、いや、みだりに人の陣地に入って参るとは・・・いや待て待て、・・では其の方が左様に嘆願をするならば、何か知恵を授けようか？・・・しばらく待て、・・・かよう致そう、ではなぁ其の方の飛車を助けてやる代わりに、えー、余のこの飛車がうずくまってる、これをその方の陣地へ成り込ませればその飛車は助けてつかわす。　　　　そのかわり当分動かしてはならんぞ！」

『・・では手前の飛車を助けて下さるのに、えー、殿の飛車が手前の陣地で成り込みましてございますか？・・はぁー、ではここに金銀が有りますが、それを飛び越えておいでになってはまことに迷惑に存じますが？』

「何、分からん奴だな！其の方の飛車を助けてやるによって、えー、余の飛車が成り込むのであるから、ん！　金銀のあるところを飛び越えても差し支えあるまい」

『いや、こまを飛び越して参るのは飛び将棋のほかはないと心得ますが？』

「そうか、飛び越えてはならんと申すか！　では余の駒はそちらに入ることはできんでないか！　参ることができなければ、其の方の飛車を助けることも相ならん！　いや、飛び越えてならんと言うならその金銀は目ざわり！　取り片づけい！」

『恐れ入りまする、えー、それではこれは、此の方へ・・』　

「待て待て、その駒はこちらへよこせ！　・・・・・あ～、それでは、余の飛車が、・・このように成り込んで・・ははは・・王手だ！　どうじゃ！」

『恐れ入りましてございます。』　「はは、どうも其の方は弱いな！」　

あたりまえですな、これじゃあどんな方であっても勝てるわけがない。　「お次参れ！」なんてんで、後から出てくる者がみんなこれですからな、お取り払い、差し控えを命ぜられますから勝てる道理がございません。

『どうも驚きましたなぁー、あー、つまらんことがはやりましたなー、・・殿は対外もうお飽きになるかと思いましたが、一向に飽きませんのでなー』

　「いやー、拙者も先日な、あー、親共に相談致したところ、いややはりお相手をしなければなるまい、それが御奉公だと、そう言われてな、・・・言われてみればそれもそうだとは思うが、・・どうも弱りましたなぁ。」　『あー、殿にはもはやお目覚めで？』　「ちょいと覗きましたらばもう盤が出ております。」　『あー、左様でござるか、もうそろそろお出ましかな？』　「いや、まだちょいと早よおござろう？」

「あ～、これ！　話し声が致すが、一同参ったか！　これへ参れ！」　（『はー、お呼び込みだ』）

『へい、殿には麗しきご尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります』　「左様な事はどうでもよい、本日も将棋を指すが、・・あー、其の方たちはな、負けると頭ばかり下げてすぐ引っ込むことを考えておるが、そのようではちっとも上達は致さんぞ。　そこでな、・・工夫を致した、・・んー、将棋上達のため、うー、勝負の間に鉄扇を賭けてな、・・・この鉄扇を賭ける。　・・勝ったものはこの鉄扇で相手のつむり（頭）を打つという事に致した、どうじゃ？　あー、奨励のためにかような事を考えた、どうだ？」

『はは、・・そうしますてぇと、えー、勝負を致しまして勝ちました者は、その鉄扇で相手のつむりを打つ、・・仮に私たちが勝ちました、その折はその鉄扇をお借りしまして殿のおつむりを叩いてもよろしゅうございますか？』

「ん！　勝負の事だ、れこ（これの隠語）の沙汰はない！」　

『叩きましてもお叱りはございませんか？』　「あ～、腹蔵なく打てい！」　

『では其の儀を一同に聞かせます間、少々ご猶予をお願い致します。』

『各々方、聞いたか、ええ、いや鉄扇を賭けてな、勝負に勝ったらあの鉄扇で頭が打てる！　殿の頭を叩くのも、これもいいぞぉ、あ～！』　「だめ、勝てっこない、・・いや本当にやれば殿などは赤子の手をねじるようなもの、造作ない・・それはちゃんとやればそうだが、そうはまいらんよ、・・なぁー、又お飛越とか、お取り払いが有ってはとても勝てっこない！」　『いや、でもこんだは鉄扇が賭かってるんだから、左様な事はござるまい？』　「いや、んな事はないぞ、一応承っておいた方が良いのではないか？」　『左様か、では一応おたずね申しておくかな・・・えー、殿にお伺い申し上げます。』

「何じゃ？」　『えー、鉄扇の議は一同皆承知を致しましたが、仮に勝負を致しまして、鉄扇が懸っておりますが、いつものようにお飛越または取り払いなどが有るのでございましょうか？』　
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続きはまた明日（その３）