Nicotto Town



柳家小さん『将棋の殿様』その3

「ほほぉ、念の入った尋ね方であるなー、いや、不都合な場合にはなぁ、それもあると心得よ!」 

『各々方、やはりございます、いや、到底勝てっこない、・・・うーん、ではご貴殿どうぞ』 

「いや、ご貴殿から」 『いやいや、ご貴殿こそどうぞ、・・遠慮召さるな』 『いや、遠慮いたすよ、本当に、・・・左様か、では身共から先に・・』なんて、おっかなびっくりで盤に向かいます。・・・どうもないどころじゃぁございません、もう実に甚だしくございます、瞬く間に負けちまう。

「んーん、さぁ約束じゃ、頭をこれへ出せ!」 

『はは、何とぞお手柔らかに』 

「いや、そうはいかんぞ、んー、このぐらいならば心棒がしよいと言うようでは、上達にはならん、とても心棒ができんと思うから上達もいたすのじゃ、あー、容赦なく打つから左様心得ろ! ・・もそっと頭を前に出せい!」 (パカーン) 『ウ~~~ン!!!』 「どうじゃぁ?」 『ありがたき幸せ!』 

何が有りがたいもんですか、「さあ、次参れ!」なんてんで剣術の稽古でもするつもりですね、ポカポカポカポカと殴る。 あー、これが長いこと続きましたからたまりません、ご近習の頭はもうコブだらけです。

『いやぁ、実にどうも、下らんことがはやりましたなぁ、やぁ、驚きましたどうも、・・ご貴殿はコブが一つもないな?』 「何を仰せられるか、いや、ないどころではない! ・・・いやぁ、お聞き下され、・・実はな、昨夜はお詰めでござってな、殿のお相手を致した。 変わる者がござらんのでな手前一人でもって打たれ申したのでな、コブとコブが地続きとなって、全部膨れ上がってるのはコブでござるよ!」 『おおぉ、なる程、そう言われてみると頭の恰好がおかしいようでござるが、・・顔の色も優れん』 「いやぁ、どうもいつもと異なって気分が悪い! これはコブ傷心(?)でござるかな?」

大変な騒ぎになりました。 まあどこのお大名でも殿様のご意見番というような、けむったい爺さんがいるものでございますな、徳川家の大久保彦左衛門のようなもので、このお屋敷にも田中三太夫というご意見番が、病でもって引きこもっておりましたが、この噂を耳に致しまして 『これはいかん! ご意見を申さなくちゃならん』 と、病を押してご登城を致しまして、次の間まで参りますと、侍どもがコブだらけ! 

『おおぉ~、其の方たちはなにか、素面素小手の稽古でもして、左様にコブができたか? ・・え? 何、そうではない・・んん、将棋のお相手を・・・殿とか?・・間に鉄扇を賭けて負けた者が打たれて、・・・んーん、これは面白い、・・あー、殿にも定めしおコブがたくさん出来たことであろう、・・あぁ? 殿は一つもない?!・・ほー、すると何か、其の方たちが勝っても打てん、殿だけが打つというような片手落ちか?・・なに、そうではない?それはおかしいなぁー、・・殿が左様に将棋がご上達とは思えんぞ、幼少の頃拙者がお教え申したが左様に上達とは思えんが?・・其の方たちがよほど下手と見えるな!』

 「いえ、殿にはお強ぉございますので、もう七、八日こうして誰一人勝てる者がございません」 

『ん~、しからば本日は拙者がお相手をしてな、殿をお負かし申す。 えー、鉄扇を拝借いたして殿のおつむりを打とう、其の方たちの仇討を致してくれよう、さあ、まいられい!』・・・

「おお、爺か・・近ぉ進め」 

『ははぁ、殿にはいつもながら麗しきご尊顔を拝し、恐悦至極に存じ上げ奉ります』 

「体の方は良いか? 全快致したか?」 

『いや全快とはまいりませんが、本日は気分も爽快でございますので、えー・・殿のお顔を拝見いたしたくまかりいでまして』 

「んー、左様か」

『次の間に若侍から伺いましたが、うー・・将棋を催されてるとの由、』

「また意見か、・・将棋を指しては悪いか?」 

『いえいえ決して悪い事ではございません、・・将棋は兵法、軍学、算術から割り出した、畳の上の戦、まことに結構でござります。 それに間に鉄扇を賭けまして、えー・・勝った者がその鉄扇で相手のつむりを打つ、これもまたおもしろい趣向と存じますが、殿は一つもおコブが無い、・・・いや、そこで本日は若侍共の仇討を致そうと、年寄りの冷や水かとおおせもございましょうが、この爺めがお相手を致し、えー・・殿のおつむりをあわよくば鉄扇で打たんと思い・・』 

「いやいや、いかんいかん、年寄りは不憫がましてな、んー・・若い者がよい」

(その4に続く)




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