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柳家小さん『将棋の殿様』その4

『いやいや自分から仇討を買って出ましたぐらい、えー・・それに、仮にこの爺めの頭を殿がお打ちになりましても、殿のようなご柔弱(にゅうじゃく)な腕ではこのヤカン頭は容易にへこみません、よしんばこの頭がへこむようなお腕前ならば、これに越した喜びはございません、たとえここで頭を砕かれ倒れましょうとも武士の本懐でございます、遠慮なくお打ちあそばせ』

「左様か?・・では遠慮なく打つぞ、よいな?」 

『どうぞ、ご存分に!』 

「ん!では将棋盤を持てい!」・・また将棋盤が運ばれますな・・・「あー・・早く並べろ!」 

『並べておりまする』 

「余のが並べて・・おらん!」 

『これはけしからん、将棋の駒を並べるのは陣地を築くのも同じ、味方の陣地を敵に築かせると言う法はございません、ご自身おやりあそばせ』 

「・・ん、よい、一人で並べられるわ」・・・

「では、此の方が先手にまいる」 

『は、下手が先に決まっております』 

「・・んー・・このなぁ、角の道を空けるのが将棋の法にかなうと申す、・・で、いつも角道から開けることに致しておる」 

『下手は角道から出るものでございます』 

「いちいち下手下手と申すな・・・・・んーん、其の方はなかなか早いな」

『あー、戦を致すのにいちいち考えておるようでは、・・とても勝つようなことはありませぬ・・えー、事に当たって策を巡らし、・・・えー、このような事に致しまして・・』 

「んー・・おっ、お、待て、その手を挙げろ、・・その桂馬を取ってはならん!」 

『はっ?』 

「その桂馬を取ってはならん!」

 (「始まりました始まりましたぞ、いよいよお取り払い、お飛越がございます、・・・ハハハ、勝てるわけがないから、なぁ!・・・いやあのヤカン頭がぷーと膨らむのも面白いぞ、ふん、うーん・・いや楽しみに見ていよう」)

「それを取られては余の不都合であるから取ってはならん」 

『これは異なことを仰せられますな、敵の不ためは味方の幸いでございます、味方の不ためは敵の勝利、えー・・敵が不ためだからといってこれを取らぬと言う訳には行きません。 ・・いや、これは・・えー・・頂くことにいたします。』

「其の方何か、余の言葉に背いても取るか?」 

『お言葉に背くと申されましては恐れ入りますが、あー・・爺も老衰を致しておりますので、すぐ・・お答もできませんが・・・考えが付きました、えー・殿、・・この歩はな、盤上では一番身分軽きもの、これは雑兵、足軽とも申すべきで、桂馬はお馬廻り以上の一騎当千の侍でございます、その侍に立ち向かって相手の首級を挙げたあっぱれな奴でございます。 帰陣の上は主簿にも取り立ててつかわそうと存じおりまするぐらい、・・これを敵の大将がとやかくと申したからと言って、これを取らずに済ますわけにはまいりません。 武士たる者、たとえこのままお手打ちとなると致しても、この桂馬を取らざるうちはこの場を立ちません、・・殿! この歩は・・』

「あぁ分かった、分かった、うー・・理屈を申すな、あぁよい、取れ」 

『取れとおおせが無くても、これは頂く桂馬でございます、・・頂戴を致します』・・・

「お! けしからん、これい!・・無礼であろう! 余の駒を投げ返すとは!」 

『いや、無礼のおとがめは恐れ入りますが、殿も両眼明らかならばお分かりでありましょう、ここには金銀がございます、それを飛び越えて敵の陣地に入るとは何事でございます、・・盤上この金銀は城壁を固め王将の前後を護衛し、この飛車角なる者は盤上、軍師とも申すべき立派な大将でございます。 その大将たるべき者が軍略もわきまえず道なきところを飛び越えてくるとは言語道断、一刀両断に致そうと思いましたが、かようなものを切り捨てては刀の穢れと存じ、不憫をもってお返し申しました、ご異存あればお返しください、首をあげて軍門の血祭りに致してくれようと・・』

「良い、良い、・・んーん、そこに金銀がなければよいのだがなぁー」・・・

(その5に続く)




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