Nicotto Town



一龍斎貞丈『真柄のお秀』その2

「大変な力だな、それで・・名は体を表す、力量がひい出ているところからお秀か。 主に秀、秀、呼ばれていた、良い名じゃな、それに引き換え身共この通り柔弱なる生まれつき、しかし倅だけはあっぱれ丈夫な男の子上げたいと只今願掛けをしての戻り、おお!御りやくあった! ここでお前のような女児(おなご)と出会うとは神様のお引き合わせであろう、どうじゃ秀とやら、身共を一つ夫として豪傑を生んではくれまいかな!」

こうまことしやかに言われてお秀、年は当年とって一八才、鬼も一八番茶も出花。 しかし何しろ桁外れの大女ですから、今まで近所の若い者にも色っぽい冗談のいい手が有りませんでした。 所へ持ってきてこういう美男から優しい言葉をかけられて、思わず“ぽーっ“と顔を染めた。 これが色の白い女の人ですと顔に時ならぬ紅葉を散らしたよう、“竜田の紅葉のそれならで”っていい形容が有るんですが、どだい健康で色は真っ黒! そこへもってきてぽーっと赤味さした、何の事はねぇ黒板塀に夕日がさしたよう。

『旦那さま、今のお言葉、そりゃぁ御冗談・・・』

「冗談ではない、承知とあらば今宵身共の部屋まで来てくれ、後々の詳しい相談を話し、伴に身入り致そうぞ」

さあぁお秀さんおお悦びで出て行った、お伴の文助、あんまり主人刑部のお湯が長いから来てみますると、中の相談がこれだ。 『おやおやまた始まっちゃったよ、えぇ、大事にならなきゃいいが!』 心配をしながら座敷へ…やがて六畳の間に文助、八畳の間に主刑部が床に就いた。 旅の疲れが出たんでしょう。 二人はすぐ白河夜船の高いびき・・・ 

一方秀さんの方はもう嬉しさで、さあぁ眠れるところではありません。 前もって伊勢屋のお嬢さんから昼間借り受けていましたオシロイと鏡を取り出しまして、まず鏡を前において顔を映す。 “ヨロヨロヨロ”(後ろへずっと下がるしぐさ) なにしろ鏡が小さくて顔がでっかい、みんな外へはみ出してしまう、顔の真ん中しか映らない。 それでもどうにかベタベタ、ベタベタ、ものすごい厚化粧、これがまだまだじめじめと湿り気のあるうちはよろしゅうございますが、乾いたとなると大変だ、顔がつっぱらかっちゃって笑う事が出来ない。 それでもお秀さんが無理して“ニィ”とすると、古い壁みたいにぼろぼろっと落ちる、それを拾ってオシロイオシロイ!

島田(まげの形、髪型)の上にふんわりと投げかけました手ぬぐいの両端をそっとつかみ、初めて知った異性の思慕の情艶に高鳴る胸を押さえながら、そっと一足づつ忍び寄る足音! こう言やぁ体裁がいいんですがね、何しろ40何貫、お秀さんのおみ足が梯子段に掛ると、”ミシリ、ミシリ“ 夜中になって伊勢屋の宿がぐらぐら動きだした。

いびきをかいて寝込んでた文助・・『(カ~~、カ~~)・・うん! うん!?・・地震じゃないか? おおこりゃ大きな地震だぞ、どうやら震源地が近けぇぞこりゃ!・・あ! 地震が下から上がってきたよー、・・さてはゆんべの話真に受けて、えー、おいでなすったぞ、こりゃ面白い、前途を見届けてやろう』

”グオー、グオー“という鼾に安堵したお秀は、”スーッ“と(障子をあけるしぐさ)・・主刑部の枕もと、ぼんやりとした行灯の明かりに照らし出されました美しい刑部の寝顔をしみじみと見つめていたが

『旦那さま、旦那さま』・・

「ワァ!アーアー!!」 大変な驚きよう 「約束をたがえず、よ、よく来た・・・いや、いたたた!」 急にお腹に差し込みが入った。 「いや触れんでよい、これはもとからの持病であってな静かに一人横になっておれば時期に収まる。 いやいや今は手を触れんでくれ、この苦しみではゆっくりお前と話もしとられん、また明日の朝ゆっくり話をしたい、また明日の朝来てくれ」

『それじゃあー旦那さま、どうかお体をおでえじになせぇましな、また明日の朝うかげぇやすだ』 ようよう納得をして下へ降りてくる。

次の座敷でこれを聞いていた文助がおかしさに耐えかねて思わず”プー“っと噴き出した。

「文助! 貴様そこで聞いてたな!」

『あーはっはっはっは、いやぁーあっしゃぁどうなる事かと思って先を楽しみに聞いておりました』

「しかしわしも驚いた・・お前何とかこのあと始末をつけてくれ」

『わたくしに? いつも冗談をおっしゃるのは旦那で、あとの始末は文助、・・あっしゃぁ割がわりぃや』

「そんなこと言わずにな、金輪際わしゃぁおなごをからかわないようにするから、頼む、この通り、な!」

『じゃぁしょうがない、旦那は一足早くお発ちになさいまし、次の宿で待っててください』

「しからば万事よろしく頼んだぞ、わしゃぁ次の宿で待ってるからな」

(その3へ続く)




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