Nicotto Town



一龍斎貞丈『真柄のお秀』その3

刑部はよっぽど懲りたと見えましてその夜の明けるのも待たずそっと伊勢屋を逃げ出して次の宿へ・・・やがて夜が明ける。

文助顔を洗って、待っております。 “ミシ! ミシリ!ミシミシミシ!” 『あー、おいでになすったぞ』 覚悟を決めている。 “ヌッ”っと入ってきたお秀、見るというと肝心のがいない。

「おやお伴さん、あの旦那様は何処へ行きなすったかね?」

『いや、お前さんがお秀! 実はあの旦那は急に用を思い立ってね今朝早くお発ちになったよ』

「お発ちになすったと、ゆんべの約束・・そんな事ちっとも無かったけど、それじゃぁお伴さんお尋ねしますで、あの旦那はいったいどこの何とおっしゃるお方かね?」

『さぁ、なんとおっしゃる方かねぇ・・あっしゃぁねぇ、この、昨日一日だけ雇われたね、文助ってんだ、一日だけ! 所も名めぇも分かるわけがねぇ』

「そりゃぁ駄目だね文助さん、いくらばかな田舎娘でもこの伊勢屋に5年も奉公していれば、これは一目見て長ぇ間の主従か1日雇いぐれぇすぐに分かります。 きっと旦那様ぁわしに所も名前も教えてやって安心させてやれとおっしゃったに違げぇねぇ、そりゃおめぇが焼きもちやいて言わねんだろ!」

『こりゃ驚いた、いやにしょってるねこの人は、・・知らねぇぜ!』

「いやそうに違ぇねぇと思っておりますだ、この通りお願げぇしますだによって、どうか教えてくだせぇまし」 『知らないものは知らない』 「こんなにお願げぇしてもダメか?」 『駄目だ、知らねぇんだもの』

「じゃぁおめぇ様の口からは聞くまい、そのかわりその体から言わして見・せ・る・ぞー!!」

お秀がズイっと前へ出た。 文助、いやぁーっと逃げようとした、お秀の右手がにゅうっと伸びた、文助の襟髪をむんずとつかむ、するするするっと引き寄せる、バタバタばたついてる両足を左手でひょいっと持ち上げて、うえしたから引っぱたり縮めたり

「これでもか! これでもか!」 小田原提灯じゃない、人をうえしたからぐにゃぐにゃやられたんじゃたまったもんじゃぁ無い

『あいたたたたたた、いてぇ、ごめん、勘弁してくれよ、言うよ、言うよ、実はな、越前一乗あと、朝倉弾正左衛門さまの家来で真柄刑部さまとおっしゃって年は当年とって25歳、まだ独り身でいらっしゃる』 とうとう年まで言ってしまう。

文助が言い終わると文助の体を二階の窓から“ぶーん!!” ちょうど次の宿で待っていた刑部の目の前に落ちた。 これこれだと話をする、さぁー大変だとばかり、ほうほうの体で一乗がたり(?)の屋敷へ飛んで帰り

「何ぼ強い女でもまさかこんな遠くまで訪ねてこられる訳がない」 と言って、いつかお秀の事も忘れがちで刑部はお城へ通い始めた。 ちょうど今日は泊まり番、文助が留守を預かって庭の掃除かなんかを一生懸命やってますとはるか玄関先で

「おねげぇ申し上げますだ! おねげぇ申し・・」

『誰か来たようだな、変な音がした。・・通-れ!』 文助が玄関へ出てきますると、赤がっぱに饅頭傘姿の恐ろしく大きな女が立ってる、そしてまたその背中にしょった風呂敷包みのでっかい事、下手なバラックぐらい

『おやお使者さんかね、ご苦労だったね、どっからの手紙だい?』

「いいや、飛脚でわねぇ、今かぶり物とって、ごぇえさつをしますだ。 んー、まぁ確か文助さんて言ったっけ、おらぁだ」

『うわー、だー、あー、腰が痛むたんびにお前さんを思い出して・・・今度は何か、こっちへ辻売りでもなすって回って来たのかい?』

「いいえ、辻売りではねぇ、こちらの旦那さまとおらぁ、堅てぇ堅てぇ夫婦約束したでうかげぇました。 伊勢屋の旦那様も大層喜んでおくんなすって 『われの様な田舎娘がお武家さまの奥さまになれるとはえれぇ出世だ』とタンス一棹(さお)祝ってくれました、おかみさんは長持ちを、お店の権助どんは水がめを、おなご衆は勝手道具からたくあんのお汁種まで入れてくれました。 それを風呂敷包みにしてここまでしょってきた」

『えー?! 大変な力だねー』

「は、・・ところで旦那さま奥へおいでになったかね?」 『それがね、あいにくと今日はお泊まりで留守』 「じゃぁ明日はおけぇりになるで?」

『近頃はお忙しさが続くと見えてねずっと半月ぐらいお帰りにならない』 「でもご自分の家だでいつかきっとお帰りになさるだろ」 『そりゃいつかは間違いなくお帰りになるだろ』

「それ聞いて安心した、それじゃあお帰りまで待たしてもらいましょ、留守預かるはこれ女房の務めと言いやすで」

(その4へ続く~明日)

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2009/03/05 01:19
わくわく しながら続きを待ってますよ^^



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