Nicotto Town



三遊亭金馬『居酒屋』その2

「どうせお酌してもらうんなら女の方がいいよ、えー、酒は燗(かん)、肴は気取り、酌は髱(タボ、若い婦人の事)、白魚五本並べたような、まっちろな(白)細い指で、“いかが!”ってなこと言われると、ふらふらっと一杯余計飲む気にならぁ、えー、お前の・・・手かいそりゃ? 疑るわけじゃねぇけど、汚ねぇ手だな、ベースボールの手袋見てぇ、でも丈夫だなぁー、本革だろ! 縫い目なしときてやがんだなー、どうでもいいけどおめぇの指、親指ばっかりだよ、小指があんのか? 太さも長さもみんな同じじゃない? 肉付きはいいやなー、身がいっぺぇ入ってるよ、月夜に捕れたんじゃねぇな!」

『蟹じゃありませんよ!』 「はっはっはっ、そう言いたくなるじゃないか・・ぶるぶる震えてねぇでしっかり注げよ、いいか、湯呑の縁へとっくりの口、カチカチと当たるのは、やな心持ちだよ・・もっとケツ持ち上げなきゃ出ねぇよ、もっとケツ持ち上げてごらん、・・お前のケツじゃないよ、とっくりのケツ持ち上げろってんだ! そそっかしいなー、ケツ持ち上げろといやぁ自分のケツ一所懸命持ち上げてやがる、お前のケツ持ち上げたって酒が出るかい?・・・あーっと、夜の酌は8分目ってんでぇ、気お付けろよ、口からお迎えに行かなきゃ何ねぇじゃないか。・・(うぃ~、うぃ~、うぃ~、パッ)・・何だい、酢っぺえなこの酒は? どうせ居酒屋だ、とびきり上等ないい酒ありっこねぇと覚悟して来たけどね、甘口辛口ってのはずいぶん飲んだんだがな、酢ぱ口てのは初めてだ。 えぇ、名前が有ります、こんな酒に名前つける事ぁねえじゃん、何てんだいこりゃ “兜政宗!” 頭に来そうな酒だなー、変な名めぇ付けたもんだなー、他にねぇのか? これ一口か? 我慢するよ、代り持っといで」

『干し代り一え~~い、・・お肴何に致します?』 「誰が肴いるってった?」 『いらないんですか?』 「いらねぇっては言ってねぇじゃねぇかな、がつがつするなよ~、落ち着かせろやぃ、酒飲んでる側へ棒立ちになって、『お肴何に、お肴何に・・』 押し売りされるようだよー、指しゃぶったって一升ぐらいの酒飲むんだー」

『へへ、いらねぇんですか?』 「いらねぇと言ってやしねぇってんだよー、小僧さん肴もってきてくれったら、そのお肴は何にします、それから聞くんだよ、分かったか? 肴何が出来んだ?」

『えぃ~い、出来ますものは、ツユアシシラスタラコブ・・・アンコウのようなもん、ブリにお芋に酢ダコでございます、うぃ~~い!』

「おっそろし早ぇえな~、もう皆やっちゃったのか? さぁ大変だ、まるっきり分からねぇ、一番おしまいのピ~~ンってのは確かに分からぁ、真ん中ちっとも分からねえー、おめぇ自分さえ承知すりゃいいってもんじゃねぇぜ、こっちが分からなきゃしょうがねぇじゃねぇか、・・から、ゆっくり長ーく伸ばしてもう一片やってみろよ」

『へい、出来ますものは、ツユ、かしら、鱈、コブ、アンコウのようなもん、ブリにお芋に酢ダコでございます、えぃ~~~い』

「おい、おしまいのね、ピ~~~ンってのが取れねぇかな、それが気になるんで前がちっとも分からねぇんだ、ピ~~~ンての抜きでもっぺんやれよ、それを・・」

『ただいま申しましたものは何でも出来ます、何に致します?』 「(ヒック)今言ったのは何でも、・・出来んのか?」 『さいでございます』

「じゃあ、すまねぇけども、“ようなもん”ての一人前持ってこい」 『へぇ?』 「ようなもん!」 『んなもん出来ませんよ~』 「おめぇ言ったじゃねぇ・・」 『いいえ』 「じゃあも一片やってみろ」 

『出来ます物は、ツユ、かしら、鱈、昆布、アンコウのような・・えへへ』 「何がえへへだよ、今頃気がついてえへへってやがる、それだよそれ!」

『こりゃ口癖でございます』 「あぁ口癖か、口癖でもいいから一人前持ってこい」 『そんなもん出来ませんよ』 「口癖料理できねぇのか? 酒の代りだよ」 『干し代り一え~~~い!』

「(ック)いい声だなー、居酒屋に二年三年辛抱しなきゃ、ヒビの入ったような声出ないよ、ヒュ~~~って来やがったなー、(ヒック) お~~小僧さんそっち行っちゃわないでもうちっとここいろよ、今の肴もっぺんやれ・・こちょこちょこちょピ~~~ンての、もっぺんやってくれよ」

『あなたの脇の小壁に、紙に書いて貼って有ります、そこに書いてんのがお肴で何でも出来ます、それをご覧になってください』

「どれだ?」 『あーたの上の小壁』

「上の小壁、あっはっは、書いてある書いてある、ここに書いてんのが肴で、何でも出来んのか?」 『さいでございます』 

(その3へ続く)




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