Nicotto Town



三遊亭金馬『居酒屋』その3

「(ヘッ)・・なら、端(はな)っからこれ見せりゃピ~もス~もねぇじゃねぇかー・・面白いもんが書いてあんなー、まだ食ったことのねぇ物がずいぶんあるぞー、一番、はなに書いてある“くちうえ”ってなんだこりゃぁ?」

『へ?』 「口の上っての」

『へ、そりゃ口上(こうじょう)です』 「あー口上か! おりゃ口の上ってから、鼻かなんかこしれぇんのかと思って、心ぺえしちゃった、口上一人前持ってこい」

『そんなもん出来ませんよー、その次から出来るんです』 「そんならそうと断れよ~、・・その次、これも食った事ねぇや、何だいこの“とせうけ”っての?」

『へ、え?』 「とせうけ」 『とせうけじゃありません、“どぜう汁”です』

「どじょう汁? まずい字書きゃあがったなー、“とせうけ”って書いてどじょう汁か!」

『“と”の字に濁り打ってあるから“ど”です、“せ”の字に濁り打ってあるから“ぜ”です』 「何だい濁りってのは?」 『肩へポチポチと点打って有ります』 「はっは、墨こぼしたんだろ?」 『そうじゃない・・点ですよ』 「点って何だ?」

『いろは四八文字、点打つとみんな音が違います』 「おめぇ学者だなぁー、初めて聞いたよ~、いろはの“い”の字に濁り打つと何てんだ?」 『“い”の字に濁り打つと・・・!!!』 「おい、食いつきゃぁしねぇかい? 歯むいて向かってくるなよ~」

『“い”の字は打てないんです』 「そんな事言わずに打ってみろよー・・じゃあ、その次の“ろ”の字は?」 『“ろ”へ打ちますと、・・ろろろろろ~~~~』 「どっか破けたなー、お前」 『“ろ”は打てません』 「じゃあ、“ま”だ」 『え、“ま”っ・・・“ま”は打てないんです』

「じゃ、“ぬ”だ!」 『ぬ!・・あんた打てないの選(よ)ってんですもん』

「はっはっは、ざまーみやがれ、無理に打とうと思ってこんな顔しやがって、バナの頭汗かいてんな!」 『何です”バナ“って?』

「顔の真ん中にこんもり高いの何だ?」 『こりゃ鼻でございます』 「それに濁り打ってあんじゃないか」 『こりゃホクロですよ、あんた』

「ホクロかー、うまく二つあるな~、濁り打ったのかと思った。 横っちょにも有んのはボッペタだな、上に有んのはビタイだ、てめぇのは顔じゃねぇやガオだよそりゃ、面白いガオだなー・・・“元掛け現金につき貸し売りお断り申し候う“ これを一人前持ってこい」

『そんなもん出来ませんよ』 「酒の代わりだよ」 『干し代わり一え~~~い』

「側にいろよー、おい、さっきのこちょこちょピ~~ンてのもっぺんやれよ」

『突き当りの棚にお肴が並んでますから御覧になって下さい』 「(ック)あんな所まで行くなぁめんどくせぇ、あの棚ここへ持ってこい」 『持ってこられやしませんよ、そっから御覧なって下さい』

「右の隅に真っ赤になってぶら下がってんの何だ?」 『タコでございます』 「タコ、ん~~ん、あのタコ生きてんのか?」  『生きてやしませんよ』 「死んじゃったのか」 『さいでございます』 「そりゃー気の毒なことしたなー、ちっとも知らなかった、いつ死んだよ?」 『分かりませんよ、タコの死んだのなんて』 「はがきの一本もくれりゃお通夜に行ってやったんだ、とんだ事した。 真赤だな」

『うで(茹で)たんです』 「うでるとああいう風に赤くなんのか?」 『エビでもカニでもタコでもシャコでも、赤い物何でもうでたんです』 「猿のケツぁ誰がうでた?」 『あんなものうでる人ぁ有りませんよ』

「赤い物は何でもってから聞きてぇんだよ、へへ、電車の停留所の柱、誰がうでた?」 『あんな物うでられるもんですか』・・

「・・(ウィ)え? おい、何にすんだ?」 『酢に致します、酢ダコでございます、桜エビもございます、持って参ります』 「いらないよ、聞いただけだよー・・あの隣にこんな大きな口の赤鼻の魚ぶる下がってんの何だ?」 『アンコウでございます、鍋に致しましてアンコウ鍋』

「その隣に印半纏来て出刃包丁持って考えてんの何だ?」 『ありゃ、うちの番頭でございます』

「あれ一人めぇこしらえて来いよー、番頭鍋ってのこしらえてくれ!」

居酒屋というお話でございます。 

金馬さんの十八番居酒屋は、当時の金馬さんの新作でございます。 金馬さんは新作もよく作ってたそうで、三遊亭円歌さんの『呼び出し電話』は金馬さんの作だそうです。円歌さん向きなので譲ったそうです。

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2009/03/12 03:12
こんなに気の長い居酒屋の小僧さんは、今はどこにもいそうもないですね。
のどかな時代が 羨ましいです。
次回も楽しみにしています。
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2009/03/11 12:19
次回はやや長めですので何日かに分けます(聞くと28分ぐらい)。 『高田馬場』(たかだのばば)です。



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