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三遊亭金馬『高田馬場』その1

えー、相変わらずのお笑いでございます。 古い商売往来を調べて見ましても噺家と泥棒ばかりは出ていませんで、泥棒と噺家を一緒にすると、泥棒に怒られるかもしれませんが、・・あのー、日本中で噺家なんてぇ商売が有るって事は人口の半分ぐらい知らずにいるだろうと思います。 たまさかラジオ、テレビで聞いたり見たりしても、生きている噺家はまだ見たことが無いなんて、きっと少なくないだろうと思います。 生物学研究のためにも一度はご覧になっておくほうがよろしゅうございます。

気のつかない商売というのは昔も今も変わりなく、ずいぶん御在ますもんで、あの、マネ(ニ)キュアーなんて申しまして爪を磨く商売が大変新しい様に考えていましたが、天保時代にございましたそうです。 「え~、爪とりましょう、爪を!」 出しますてぇと10本きれいに取ってくれまして、木賊ぁ(とくさ、研ぎ磨くための草)かけまして、爪の間へ紅をさしまして「6文頂きます」。 面白い商売で・・

「え~、猫の蚤とりましょう、猫のノミ!」 『うちのミーこーが痒がってしょうがないんだ、とってやって下さい』 「へい!」 狼の手袋にマタタビが付いてます、猫にマタタビってくらいですからどんな人にでもすぐになじみます。 触ってるうちに向こうよりこっちの方が温度が高いんでみんな蚤が移ってしまうんだそうで、パラパラってやってしまって 「六文頂きます」なんてんで。

耳掃除なんてのは明治大正時代から流行ったと思ったら、これも天保時代からございます。 浅草の奥山にね、上中下三通りございまして、上等はてぇと象牙の耳かき、中がてぇと竹です、一番安い下等はてぇと・・くぎの頭で・・・これは“いんにん”(?)と言います一寸二分の釘と限ったもので、あれから大きくっても小さくっても具合が悪いです。 「奥山で耳をほらしてホトトギス」 という其角の句がございますから、その時分からあったものだそうです。

気のつかない商売に、淘屋(よなげや)さんなんてのがございます。 どぶっ川へおヘソぐらいまで入って金のフルイでもって淘る。 鉄屑だの釘の折れを拾って鉄問屋へ売るんですけども、これはどうも廃物回収で結構な商売です。 鉄屑だの釘の折ればかり拾ってりゃぁいいですけれど、どうかするてぇと往来のマンホールのフタ淘てしまったり、和気清麻呂(わけのきよまろ)の刀淘たり、上の東照宮の唐鐘の燈籠の頭だけ淘てしまったりするのは困りますけれども。

ついこの2,3年残土屋という商売が有るのを気がつきまして、あたくしのうちで少しばかりいたずらしたもんですから土が余ってしまい、えー、表へ積んどいたんですが往来の邪魔になってしょうがないんで、大工さんに相談したら 「残土屋に頼みなさいよー、お金あげりゃあ持ってってくれますから」 『じゃ頼んどくれ』 その人に頼むてぇと、電球の切れたんでも、ブリキの裁ち屑でも、練炭の灰でも、そんな事は構わず何でもそっくり持ってってくれます。 どうすんのかと思って聞いてみたら、どっかで埋め立ててる所を請け合ってありましてそこへ持ってって、向こうの方がこっちより余計にお金貰うんだそうです、この人ですよ、新川でもって慶長小判やなんか掘り出したのは。 あたしもやってみようかと思いますけども。

面白い商売ってのはずいぶん有るもんでございますが、昔は乞食でも粋なのがございます。 親孝行なんてんで、張り子の人形こしらえまして 「親孝行でございます、頂かして下さい」 『あいよー、一文やるよ~』 「ありがとうございます、ついでに親父にもやって下さいな」 『あはは、そうかい!?』 倅にやって親父にやらない訳に行きませんからまた一文、張り子の人形使って二文、孝行ってぇ徳ですな。 

これで大変に儲けたってんで反対に親不孝てのが出来ました。 本当の親父なんですけども、素っ裸にして、顔だの体中鍋墨塗っちまいましてな、首ったまへ荒縄結わいつけて、倅が往来引きずって歩いてます。 「丹波の笹山から生け捕りました笹熊でございます、一つ鳴かして御覧に入れます、ちゃんこ鳴けよ~!」 『プルプルプルプル』 妙な声を出して鳴いたもんです、貰うお宝が一文です、大の男が二人掛かって。 えー、“あら熊だ、乞食の中の面汚し” と言う狂歌が出来まして、だから乞食でも利巧と馬鹿と大変に違うもんでございます。

綺麗好きって乞食が来ます、これ、一町内戸が閉まって寝ているうちに、すっかり箒目立てて掃除しちまいまして打ち水をする、縁起商売の前へは盛り塩がしてありまして、一服飲んで戸が開くのを待ってます。 ガラガラガラと戸が開きます。

(その2へ続く)




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