「薬はここに幾らも有るぞ・・・意気地のない奴ばかりが立ち会ったが幸い此処に白紙が有る。　白紙一枚切れるてぇと人間のあば皮が切れる通りじゃ。　一枚の紙が二枚に斬れる、二枚が四枚、八枚、十六枚、三二枚、六四枚・・“ふ～～っ”（紙を吹き飛ばす）、春は三月落花の形、嵐山は雪降りのていと斬れる。　かように切れる刀でも、刺し裏刺し表へガマの油を一つけ付ける。　生くら同然になった。　ほうら、引いても切れない、叩いて斬れない、押しても切れない。　元のように拭いとるてぇと、ヒョイと触ったばかりでもこのぐらいに斬れる。　あいやお立会！　このくらいの傷は心配ない、ガマの油を一つけ付けると痛みが去って血が止まる。　何とお立会！！！」

こんなこと言ってますけども、あたしやってたんじゃないんで、お断り致しておきますけども。　「あいつうめぇからやってたんじゃねぇかな？」　そう言われるのは残念ですが。

一所懸命ガマの油を売ってると、片っぽに二十二、三になる女の人、鎖鎌のこしらえ使いまして、玉襷（たまだすき）取って汗を拭いてます。

「どけ、どけ、どけ！」　『へっ！？』　見物人を分けて出てきましたのは、六十以上に成ります年配のお武家です。

「只今あれにて承（うけたまわ）ると、金瘡（きんそう）、古傷に効くとの事だの、・・二十年以前の傷だが治るか？」　『いかなる古傷をも直します！』　「ほほ、別して大きな声をせんでもよい、二十年以前に受けた傷で、暑さ寒さ陽気の変わり目に痛んでならん、治るかの？」　『二十年以前の傷！？　傷跡（きずし）を拝見しましょう』

「この人ゴミの中で傷跡を見せるのは迷惑な話だ、しかし見んと分からんとあらば仕方がない。　これだ、見てくれ」　『ははぁー、武士にあるまじき後ろ傷、はは、投げ打ちの傷だなぁ』

「貴公は目が高い！　いかにも投げ打ちの傷」　『切り取り強盗、武士の習いなどと申してめったやたらに人を悩ます、その折に受けた傷か？』

「ふっはっは、そんな傷ではない、あー巳（み）の懺悔じゃ、お話し致そうかの、二十年過ぎたのち、仇と付け狙う者もあるまい。　拙者壮年の折、福島の藩に居てな、下役の木村惣衛門と申す者の妻が器量美しきに懸想をなしてな、お笑いくださるな、事実じゃ。　手を変え品を変えいいよると雖（いえど）も、いっかな靡（なび）かん。　ある日夫の不在を付けいって手込めになさんとする所へ夫が立ち帰り　“上役の身の上で左様なふしだらな事で取締りがつくか！”　”いらざる所へ諫言（かんげん）立て！　邪魔だよ！！”と言って斬って捨てた。　逃げに懸かるとその女房、乳飲み子を抱いたまま　“夫の仇だ！”　と追って来たが、男の足に女の足、所詮かなわんと見て取ったか、持ったる懐剣投げ打ったが、背筋へ当っての・・暑さ寒さ陽気の変わり目に痛んでならん、二十年以前の傷だが治るか？」

『二十年以前、福島の藩にして！？・・して貴公の御姓名は？』　「名前か、岩渕伝内」　『何！！！　岩渕伝内！！』

一足跡へ飛び下がると、とたんに鯉口を切りまして、『やあ、珍しき岩渕伝内！！　何を包まん、かく申す某（それがし）がその折の乳飲み子だ。　木村惣衛門が忘れ形見、一子惣之助、これに控えるは姉の露、汝を討たんがために雨に打たれ風にさらされ、一日千秋の思いをなし！！！　（クッ）　親の仇だ、尋常に勝負さっせい！　姉じゃ人、御油断めさるな、お支度召せ！』

二十二、三に成ります女の金っ切り声で　「親の仇～～～！！」　一丁四方へ響き渡ります。

「暫らく、暫らく、暫らく！・・暫らく！！　おおー、貴殿がその折の一子惣之助殿か、やー、天運も晦晦（かいかい、日が覆われて暗いさま）、損して漏らさず、徳に落ちずに語るに落ちる。　拙者が口よりしゃべりしは、最早天も逃れぬところ、さあ潔く仇と名乗って打たれよう・・・が、ここは観音の境内、血で穢（けが）すのも恐れ多い、まして手前は主を持つ身での、主用（しゅうよう）に参っての帰り道、この用をしおわせなば武士の本文でない。　いかかでござろう、武士は相身互いとやら、明日（みょうにち）まで拙者が命自分にお預け下さらんか？　明日いずれへか、お出向きが願いたい、その折時刻をたがえず果し合いを致そう」

　『駄目だよ！そっちはそんな事言って逃げるんだよ！』　「拙者がお助太刀を・・」

『暫らく、暫らく！・・武士は相身互いでござる、彼奴（きゃつ）の申すことも一理ござろう、暫らく！・・しからば老いぼれ、武士の情けだ、明日まで待ってやるわ！　明日いずれへ出向く？』

「左様さ、場所は・・牛込、高田馬場（たかだのばば）がよかろう」　『時刻は？』　「正午！　未の刻までにお出会い下され」

（その４に続く、また明日）