五月の二日の八十八夜から、江戸前特有の青鱚（あおぎす）の脚立降ろして言う物を致します。　こりゃあ日本中で何処にもございません、江戸前だけでございます。　前の晩から船宿、船頭の家行って泊まるんです、泊まるったって寝ることは出来やしません。　皆わぁわぁ騒いでますが、釣りの仕掛けこしらえたり、釣りの馬鹿っ話をして、夜中の2時に河岸払い（かしばらい）と言って船を出します。

　で、東京湾の真ん中の釣り場まで1時間ぐらいかかります。　その間を船頭が七輪でご飯炊いて、あっついお漬けにお香香（こうこ、漬物の事）ぐらいで朝飯を食べさしてくれます。　えー釣り場へ着きますてぇと脚立っていうもの下ろすんです、梯子を2本結わいつけたようなもので、それへ乗りますてぇと船はどんどんどんどん漕いでってしまいます。　側に船がおりまして、船の陰だの波の音がすると怖がって釣れない、機敏な魚でございます。

　それにもみんなエチケットっていうものがございまして、船の中でくじ引きを致します。　１番を引いた人が１番先の脚立へ乗るんですが自分は空身で乗っかってしまいます、2番の人が座布団から釣竿から道具から餌まですっかり取ってやります。　その代わり２番の人が上がると３番の人がその通り世話を焼いてくれます、順に順に行きまして、脚立から船へ上がる時はこれを逆にするもんでございます。

　真っ暗で手探りで餌つけて、釣ってますと水平線の向こうが明るくなってきます。　ほうぼう見るってぇと釣友の脚立があっちこっちに見えます。　グイッと引っかかるとのめる様な引きで、はぁーその時が一字千金でございます。　乗合船でございます、ぼろ服を着た髭もしゃな人に出っ食わしまして、はぁー盛んに悪口を言い合って、１カ月もたって聞いてみたらその時の東京市長の永田青嵐居士（こじ、敬称）、まぁ後で冷や汗かきましたけど。　この人ぁ偉い人です、貴族院議員の勅選に成りまして巧（たくむ）大臣、鉄道大臣なんぞをしましてな、から東京市長を２度務めてます。　著書も多くございます。　俳句をよくしまして　“２番目の女房なりけりキスの宿”てなのがございます。

で、そんな偉い人とつゆ知らず、自分の釣り道具だの座布団だの　「もっとしっかり出せよ！」　なんて小言言ってしまいまして、面目ないと思いますが。　せいらん、青嵐と言うのは土用中に吹く風とか、青葉を吹く風と歳時記には出てますが京都のお酌さんに『まあアホらしい』と言われた、と言うんで青嵐という雅号を付けた人で粋な方でございます。　そんな人たぁ知らないでずいぶん悪口を言ってしまいました。

また釣りにも専門がございますもんで、亡くなりました講談の６代目貞山さんて人は１年中鮒釣ってます。　夏になっても「先生なんです？」『フナだよ』　釣り師はこれを師直（もろのお）型って言いまして・・・いつ聞いても『フナだ～、フナだ』（註：仮名手本忠臣蔵では太平記の時代に置き換えて演じてます。吉良上野介は高師直で浅野内拓頭は塩谷判官を、殿中での下り“フナだ、フナだ、フナ侍めー！”は有名）。

六月の一日に解禁に成ります鮎、これを日本中追っかけ回して鮎から鮎を釣って歩きます、ほかの魚は生臭くっていけねぇんで見向きもしません。　鮎（アイ）ばっかり釣ってる人を恋愛型と申します。　あたしみたいに一年中何でも釣ってる奴の事を大道養殖型ってます、どう言う訳だろうと思ったら何でも出来るけど何でもうまくない。　けだし名言だろうと思いますけれども。

また釣りも境遇と体力によって違うもんです。　海釣りもいろいろございますが磯釣りってのがございます。　こりゃあ五貫目、六貫目なんて石鯛が釣れますんで、我々みたいな年に成るてぇと海に引き込まれてしまいますからな、若いうちだけでございます。　年をとっても何でも差し支えないのが釣り堀でございます。　いつ行ってもいつ帰っても差支えないんです。　今十何軒ございますけれども、４、５百円出しますてぇと竿から道具から餌付いて、お昼の弁当なんか持ってかなくたってどんぶりぐらい向こうでそうっと取ってくれます。　一番よおございます。　釣り師の方じゃこれを箱師てんです。　へへ、泥棒見たいですが、またあそこに言うに言われない楽しみが有るもんで、幾つ何十魚持って来たってしょうが有りませんから、引き取りと言って百め（匁）四、五十円で池主が引き取ってくれます。　うまい人に成りますとこれが四、五百円になってしまいます。　釣り堀からお金貰ってくるてな人が有る。　そんなのは釣り堀の親父がちゃんと知ってまして「お足取りません遊んでって下さい、旦那！」なんてんで、お昼に弁当ぐらい出して遊ばせます、自分とこのＰＲに成るもんですから。

（その２へ続く～今回も２日に分けます、２５分）