『“しかし普段から言ってたろ、今に分かる時が来ると、その時が来たんだよ”てんで、初めて涙ながらの物語に、18のお嬢さんで金持ちんとこに嫁に行って、ある事情で別れたって事初めて聞かされたんですがねぇ、それ聞きますとあたしはなんだかムラムラっと意固地になりましてねぇ・・・今の親父は金持ちじゃありませんよ、金持ちじゃありませんが理屈のよぉーっく分かった立派な紳士ですよ。　それ本当の親かもしれませんが、出し抜けに出て来た人に乗り換えて今の親父を袖にする、・・そんな事ぁ出来ませんやー！　せからあたしはっきり言ったんです“僕会いたくありません”て』　「ほー、おっ母さんどうしました？」

『びっくりしました。　追っかけてあたしは言いましたよ。　“絶対に会う必要ありません、会いたくないんです”　そうするとおふくろは“まあーお前は何という・・”と言って泣き伏してしまいましたがね。　ねえご隠居さんあたしの言う事違いますかしら、え、間違ってますか？　いや本当の親かも知れません、実の親かも知れませんが、あたしにとちゃぁ縁もゆかりもない人間ですよ。　第一何一つ世話になっちゃぁいません、そんな人が急に飛び出してきたからと言って“お父っつぁんでございますか、お懐かしゅうございます”。　んなバカバカしい事おかしくて言えますか？　もうむしゃくしゃして来ましたからね、友達の家へ行って泊まっちゃたんですよ。　いつもどんなむしゃくしゃしても釣り堀来ましてね、ここでこう水の色だのウキの頭じーっと見てますと気がほぐれまして晴れ晴れするんです。　今日はほぐれない、だんだんこんがらがっちゃいましてねー・・』

「だけど長谷川さん、お前さんみたいに何もそう一途に思い込んでさー、そうまで考えなくたっていいでしょう。」　『考えるんじゃ無いですよー、つまらないんです。』・・

　『御隠居さん、お電話でございます、お宅から』　「はい？　内からかい？」　『はい』　「うるさい奴だなー・・や、お前さんじゃないんだよ、やぁー保養のために釣り堀にきてんだ、何が有っても電話なんか掛けてよこしちゃいけないとあんなに言っといたのに・・・今行きますよ。　いやどうも面倒だ。」　不承不承に立ち上がるのがきっかけで暗天に成ります。・・・

明るくなりますてぇと、そのあくる日の銀座、大きな洋食屋の食堂の隣り合った待合室で・・

「ねえ春路さん、あたしゃそれを聞くとまあー悲しいというよりねぇ情けなくなって来て・・何の因果でわが子にこんな事を言われるんだろうと思ってさ、現在手塩にかけて育てた子供が、そんな！」　『まあ本当にねー、不思議だわねー。　どうしてそんなねぇ人情の無い事を云ったんでしょう、信ちゃんが？』

「分かりませんねぇ、あたしはあの子をあんな・・ひょっと見はねぇ分からずやだけども本当に心がやさしくって正直で素直で、私の言う事なら何でも聞いてくれるものと思ってあたし・・頼りにしてたんですよ！・・それを！・・」

『大きな声出すのおよしなさいよ、小さい声でおやんなさい、ボーイさんが見てますよ』　「誰が見たってかまやしませんよ、悲しいんですもの！」

『少しね、小さい声でお話しなさいよ。　第一おけいさん、お前さん信ちゃんにそもそもの話をした時に初めから正直にありのままを話したの？』

「いえ、少し筋を変えたんだよ。　だって初めてその人のお世話になったなんて事子供の前じゃ言いにくいんだもの」　『何故？　構やしないじゃない、どうして・・』

「お前さんは子供もったことないから知らないけど、子供もってごらんなさいよ、芸者って家業がどんな家業だかよーく分かるよ。　だから生娘で１８の時に望まれてお嫁に行って、ある事情で別れたとちょっと美化したんだよ。」

『美化し過ぎたねー、なぜそんな見栄張ったの？　あからさまにさ、打ち明けて話しをしなかったのさ。　１８の時に初めてその人に御厄介になって、ね、一緒に成れるものと思ったらその人よそから奥さんを貰ってしまう、一途にだまされて悔しい！　と思ったから無理にお前を引き取ってきれいさっぱり分れたんだよ。　その間には分からず屋の欲張りのおっ母さんとその人との間に板挟みになって、こんな辛い思いをするくらいならいっそ死んだ方がましだと、お前を抱いて夜っぴて大川端ほっつき歩いてた事だってある。　それなのにみんなおっ母さんの策略で、つまりは飽きも別れもしない中を裂かれた。　嘘だと思うんなら春路さんに聞いてごらん、あたしよりそのことは春路さんのほうが余計知ってるからと、あたしの名前を出して何故はっきり言わなかったの？　信ちゃん子供じゃないんだよ。』

（その４へ続く～また明日）