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三遊亭金馬『釣り堀にて』その5

「ねえ長谷川さん、あんまり同じような話なんであたしゃ思わず笑ってしまいましたよー、その人の前でさー」 『えー?』 「時も時、こないだあたしがあなたに話を聞いてたとき電話がかかってきたでしょ家から、あれ何ですよ。 急に会いたい客が来たからすぐ帰れ、その客というのが中に入ってた男でね、はっは、不思議といやぁ不思議、こんな事も有るものかなと思いましたよ。 だけどお前さんの方とね、あたしのとはまるっきり違う、逆って所はね、子供の方からあたしに会いたいってんだから大したもんでしょう。 ・・やあお恥ずかしい話ですが昔バカしてた時分の落ちこぼれでね、そんな事が有ったかなぁと思うくらいで、薄情なようだが正直な所子供の事なんざ、これっぱかりも思い出したことが無かったんですからね。」

『御隠居さん、お会いになったんですか?』 「会いませんよ、いやだってんで、会う事無いって言ったんですよ。 それもねぇあなたのお陰ですよ、あなたの話聞いてなかったら“うん、そうかい”って中へ入った奴の口車に乗って後からくっ付いてって会ったかも知れませんがね!」

『だけど御隠居さんの方は子供さんの方から会いたいてんですからあたしの場合と違うでしょう?』

「おんなしですよ結局は。 あなたはこないだそう言ってたでしょ、子供を捨てておいて今頃になって親だなんてそんな人の顔を見るのも癪に障るって、あれがピーンと来たんですよ。 だからあたしはうっかりその男に言っちまいましたよ、えー今頃になって子供だなんてそんな事言う奴の顔が見たいって言っちゃてね。 はっはっは、こりゃぁっ少し言い過ぎたかなっと思ったんですがね、えー、だけどその男あくる日も来ました。 勧められれば勧められるほど妙に子供の面影が目に浮かんできましてね、何だ色の生っちろい(白い)うにゃうにゃした女の腐ったような奴で、お前さんの文句じゃないが所詮、“はぁ倅か?よく会えた!”んな事は云えないでしょ。 言えなきゃ会う事はない、断ち切るに越したことはないと思ったからはっきりそう言いましたよ、会いたくないんだって。 えっへっへ、それもみんなお前さんのお陰ですよ」

『僕は又こないだどうしてあんな下らない事一人でベラベラしゃべったんでしょうねー』 「ふふ、だけどね人情って奴はねぇ、一つ履き違えたら大変になるって事をね、しみじみ思いましたよ」・・

 『おあつらえ物持って来ました!』・・「あいよ」 『御隠居さんおソバとお酒で、こちら天丼で』 「あ、そこ置いといていいよ、寒くてしょうがなかったんだ・・あ、自分でやるからいい・・あ、ううー寒い! 何だか知らねぇけどこう寒くちゃ食いも悪いや、(ん、ぐい・・パッ)こりゃあ上燗だ、長谷川さん、失礼ですがいかがです、お一つ」

『あたしがお酌を・・』 「いいえ、まあまあ・・」 『そうですか、じゃ頂きます』 「へへ、だけど・・内帰ったんでしょうね?」 『あれから2、3日して帰りました・・(ゴクッ)・・ありがとございました・・お酌を・・』 「いえ手酌でやるからよござんすよ・・おっ母さんどうしました?」

『それが御隠居さん、おかしいくらいねご機嫌なんですよ、そんな事が有ったかなーてな顔してるんですよ』 「こないだの事件は?」 『ぷっつりとも言わないんですよ』 「どうしたんでしょう?」 『諦めたんでしょ、おそらく』 「そうですかねー・・! ん?」
越後獅子の笛と太鼓が聞こえます。 「ははー、あれ聞くとすっかり暮れの景色ですねー」 『明日観音様の市です、17日』 「早いなー、あと半月で正月、歳を取ると1年経つのは瞬く間でしてねー、だけど天気都合がいいからあきんどは助かりまさぁ」

『御隠居さん、ウキが! 食ってます! あ、あたしのも!』

一緒に釣り上げますてぇと空中で2人の糸が絡み合います。 釣り師はこれを御祭と申しますが、仏説では“えにし(縁)の糸”とでも申しましょうか、釣り堀にてでございます。

原作は久保田万太郎さん、脚色は阿仁大輔さんでした。 この久保田万太郎さんは当時の作家であり評論家でもありますが、落語に造詣が深く金馬さんの為に書いたのでしょうが、彼は大の金馬さんぎらいだったようで不思議です。 講座で金馬さんの出が近づくとさっさと帰ってしまうといいます。 この当時は人情話が落語の主流だと言われていて、この人がかなり影響してたのかも知れません。 庶民的でやや下卑た感じの有る金馬さんの落語はこの頃はあまり評価されませんでした。
 最後の落ちは皆さんの想像のお任せします。 ちょっと季節がずれてしまい申し訳ございません。(旧暦ですから1ヶ月ぐらい前の話です) なおこの話は劇団昴とかでも上演されたそうです。

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2009/04/06 15:19
あ~やっぱり・・・親子なんだろうな・・多分・・・なんて考えながら、一気に読みました。
最近では、べらんめぇ口調も慣れてきたみたいで(笑)
人情話は、いいですね~。
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2009/03/28 03:52
知らずに親子だったんですねぇ~~ 
知らずに仲良く釣りってのもいいよなああ~~^^ 
”えにしの糸”だなんて落ちもいいですねえ~~^^
講談の人情話も大好きですよ。
今夜も充分楽しませていたきました。ありがとうございます。
また 次も楽しみにしてますね^^



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