まずは玉置さんの解説から
“庚申と申しますのはあの12支の干支（えと）の一つでございましてね、庚申（かのえさる）、この庚申の日に庚申待ちをするという、つまり帝釈天や青面金剛（しょうめんこんごう）を御祭致しましてね、で講中（こうじゅう、無人講などの人達）が集まりまして徹夜をするんだそうでございます。　でその庚申待ちの晩に寝てしまうと命を縮めると、こういう言い伝えがあったんだそうでしてみんなで徹夜で色々と話しあいながら夜の明けるのを待った。　これは中国から入ってきた信仰でございまして江戸時代にはとても盛んであったそうでございます。

　庚申塚というのをご存じの方もかなりおいでになると思いますが、道端にありますんですがね、あの三猿、三つの猿と書きますが三猿の形を刻んだ石塔が道端に、地方に参りますとよくございます。　ハイキングの途中なんかにご覧になった方の有るかと思います。　この話は古今亭一門しかしませんが、最近では全く聞けません貴重な話です。”

「御苦労さん！」　『はぁ今晩は！』　「どうも皆さん相変わらずですなー、えー、熱心ですねー、また今晩もねー丙子（ひのえね）の晩でございますからなー、神様は陰気な事が嫌いで・・何でもこうしゃべってるのが絶えなきゃいいんですよ、何しゃべっててもいいんですからね・・皆さん、だから何でもこう、自分の思った事しゃべって下さい。」

『へい、もうここへ来てね、さてしゃべろうかなと思うとね、思い出せなくなっちゃうんですよ。』　「んー、それでも何でもいいから思い出して下さいよー。　どうだいそっちの方で思い出したことはねぇかな？・・思いだしたい？」

『えーと今日はおれは昼間・・小石川まで用が有ってな・・』　「ふーん」　『向うでおめぇ四つを聞いて遅くなっちゃって、帰ぇって来たんだ』　「はーん」　『そうするとお茶ノ水の所来たときはもう、よほど夜が更けてたなぁ、し～～んとしてやがってよー。　すると俺の前を“チンリンチンリンチンリ～ン、茶飯～、あんかけ～”と言う親父がいるんだ。　こっちはさもしいし腹も減ってるから茶飯でも食おうと思って“お父っつぁん、おうお父っつぁん！”と俺がこう、呼ぼうとした時にだよ・・暗い中からス～っと出てきた見上げるような覆面をした武士がね、この茶飯屋の親爺をめがけて抜く手も見せずに“ヤー！！”っとね！』　「斬ったのかい？」　『・・斬った・・斬ったか斬らねぇか分かるか、おめぇに？！』　「そりゃ分らしねぇよ、おめぇが見てたんじゃねぇかよ。」

『で、斬りつけたんだー』　「んん！」　『茶飯屋の親父が斬られると思うだろ？・・それがちょうどいい所で“パー”と体を躱（かわ）して脇にあった茶飯のお鉢で“サッ”と受けた！・・からお鉢を“サッ”と斬っちゃったから、あたり近所飯だらけだ！』　「ふ～ん？！」

『どうしてこういうような事したんだか分かるかい？』　「そりゃー遺恨だ！」　『いや遺恨じゃねぇ』　「じゃ、物盗りだな？」　『物盗りでもねぇんだ』　「じゃ何だい？」

『おれの考えには・・茶飯斬りだと、俺は思う！』　「何を言いやがる、こん畜生め！　えーおい聞いたかい！　茶飯斬りだとよー・・えーもうそろそろ始まりやがったな～、ふーん・・そっちの方にはないの？　そっちの方に！　えーどうです、有りませんかねー」

『はーはー、だけど何だねー、嘘つくてのはよくねぇなー、うん。　神様のめぇ（前）で嘘つくて・・おらなんぞはまぁ、んー、田舎もんだから・・嘘つけと言ってもつけねぇ、俺は』　「田舎で無く田舎なような話有りますかねぇ？」　『そり（れ）は有らぁーな、江戸と違うからな～』　「んー」

『おりのえなか（田舎）でもって娘が、出世して領一の駕籠に乗って歩くようになったことが有るが』　「へー、そりゃ本当らしいねー、それはなんですかい・・んー村にいる娘さんですかい？」　『そうだよ、歳一八だがね、器量良くってよ～』　「ん！」　『おかんこってあまっ子だがな～』　「ん」　『器量がええけれどもこの女、ま、力が有るでなー』　「えー」

『だから村の若えもんが暗えとこなんざに隠れてて“おかんこやーい！”何てんで側寄ってって、えー、ふざけるべぇー、そうすっと“何するだー！”とパーっと叩かれると腕なんかぶらぶらになる。』　「へぇー！？」　『いっぺんかじりついて頬っぺた舐めようってずうずうしい野郎が有ったんでな、こう顔の表に近づくと“何しやがんだこの野郎！”ってやられたらおめぇ、えー、顔が後ろ向いちゃったー』

「顔が後ろ向いたの？」　『うーん』　「後ろ向いてどうしたい？」

（その２へ続く、今回は中くらいの長さなので全部行きます：２０分）