Nicotto Town



古今亭志ん生『庚申待ち』その2

『後ろ向いてんのはいいがねえー、だけどふじゅう(不自由)だとよー後ろ向いてんのは! 自分が前歩こうとするのが、顔は後ろの方だからなぁ~ぁ~あ!』 「ふ~ん、ん? で、どうしたんだいその女?」

『そのおめぇ、あまっ子が裏の流れでなー・・・洗濯してただ』 「ん!」 『するってぇと毛むくじゃらの手が、しゅうっとへえって来たい!』 「んん」 『てえげえの(大概の)女ならキャアとか何とか言うが、このおかん子は驚かねぇー、その手ぇふん掴まえてー、ずるずるずるーと引っ張り出して脇の石の所へさーと叩きつけると・・これが・・えっけぇムジナ(穴熊のこと)だ!』 「ふ~ん?」 『なーんだムジナの分際で人間に悪さするなんてなぁ有るか! これをムジナ汁にして食ってしまうべーてんで、ムジナ汁にしてほかの者に食べろっと・・みんな気味悪くて食べねえで、おかん子一人でムジナ汁食っちゃったい!』 「んん!」

『それがおめえ、ご領主さまに分かってな、あっぱれな女である・・褒美くりょう!・・え、行って褒美を貰うてぇと、器量が良かっぺぇ、殿様おっぽれちゃってよぉ、お妾に上がったぁな!』 「ふ~ん」 『するってぇとやや子が出来てよー、殿様にお跡目がねえー、だからおめえ、その・・お世取を設けたてんで・・今はもうてぇそうなもんだ。 領一の駕籠に乗って、えばって歩いてるが、てぇそうなもんだな!』

「へえ? そりゃあどう言う訳だろうね?」 『どう言う訳でこの女が出世したか分かるかい?』 「力が有るからだな」 『力ばかりではねえ!』 「ん~~器量がいいからだ」 『器量ばかりではねえ!』 「う~~どうしてそんな出世したんだい?」

『ま、俺の考えにゃあ、ムジナ汁食ったからそんな出世したんだ。』 「へえームジナ汁食って、どうして?」 『女ムジナ汁食って玉の輿へ乗る!!』 「勝手にしやがれこん畜生め! おい駄目だよおい、田舎の方からまた…よせやい本とに! 嘘かどうかと考えちゃったじゃねぇかな! えーおめえ茶飯斬りより良くねぇよ、なー・・・どうもねえー、なんかないか、そっちの方でー・・えー? あー、先生、なんか有りませんかねぇ?」

『ははー、面白いなー、うーん。 やー拙者なんざその、そう言うような笑うっていうような話でないけどもなー』 「んー」 『若い時分に方々修行をして歩いたことが有るが、そう言う時にはいずれな事が有る。』 「そうでしょ武者修行ってやつですね、へえー、どうしましたそう言う時分に?」

『まだ若い頃だったな、方々の道場へ行っては・・えー・・試合をした。 ある時に道を踏み迷ってしまって、行けども行けども山また山でな』 「へぇ~え」 『あーどうも、宿は取れず今宵は致し方がない、野宿をせんけりゃならんと思ってなー、脇を見るてぇと一つの辻堂が有った。 この中で一夜を明かさんと、その狐格子を左右に開けて中へ入って・・』 「へぇー、少し凄くなってきたね先生の方は! 成る程」

『そうして大刀へ突いてトロトロトロ眠りに懸かるというてぇと、バタバタバタっという足音がした。 何だろうとこう格子の間から外を見るてぇと、歳頃二十とも思われる綺麗な若い男だが、気の毒に両眼を取られている。 しきりに手をついて“どうぞ御勘弁を願います、どうぞ御勘弁を願います!”てぇと・・その前にな、こう見上げるような大きな男、頭というと森のようになってるな!』

「んん」 『藪縞(やぶじま)のどてら着て、カルサン(袴の一種)というのを履いて藤づる巻きに山刀。 “やい! 蛇が見込んだあまがえろう! 懐に有る金ぇ出してしまえ! 出さねぇ時には命はねぇぞ!”ってぇとその脇にな、そー・・三十がらみのでっぷり太った男で・・坊主でな、あー、緋縮緬(ヒジリメン、ツバキ科の植物でこの模様をいう)の着物など着てるとこ見る、てぇとまあ芸人・・だぁな! “あたくしはこの若旦那にひいきになってました太鼓持ちでございます。 この若旦那は目が不自由になりましたために京に上って官位を取って、えー帰って参ります、私がそのお伴に来たんで、この金はそう言う金ですからどうぞお助け下さい!” “やぁ! 蛇が見込んだあまがえろう、出さねぇてぇと命はねぇぞー!”とこうきた!』 「へえ!」

『それから拙者は、己にっくき奴、こういう輩(やから)がおるから通行の者が難儀を致す。 己どうするかと左右に狐格子を開いて“ターッ”とそれへ飛び出した!』 「へぇ、ええ! 面白くなってきたねぇー、でどうしました?」

『飛び出してその男を取って抑えてくれよおと思ったが・・・よした!』 「??どうしてよしたんです?」 『君主危うきに近寄らず!』 「この先生あんまり強くねぇんだねぇー、見てたんですか?」

(その3へ続く)




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.