Nicotto Town



古今亭志ん生『庚申待ち』その3

『うん!・・するというとな、この若い座頭がパーっと逃げに懸かるやつを“待てー!”っと言って襟髪をつかんで帯を持ってこう差上げて一振りにこう振っといて、パーっと足を岩へぶつけるというと、可哀そうにその座頭粉々になった。』 「へえ?」

『片方にいる太鼓持ちの男は主人の仇とあっぱれにも取り組んでいったけれども、何しろ山賊の敵ではない、いきなりパーっと抱えられた。 手足をバタバタしている奴を横っつらを一つピシっと引っ叩いといて、頬っぺたの肉をちぎったよ。』 「??頬っぺたの?」 『あー、そうしてこっちに座頭が粉々になってる奴をつけて食べ始めた!・・・太鼓持ちをちぎっては座頭をつけては食い、太鼓持ちをちぎっ・・』

「およしよ先生くだらねぇ! だめだ、おい! おい、駄目だよ、皆まとまらねぇねどうも・・少し話らしい話ねえかな? えー? 熊やん!」 『えー?』 「おめぇねえか、何か?」 『俺か?』 「んん!」

『まあおりゃあさっきから聞いてると、まあどうも、茶飯斬りだの、ムジナ食って出世したの、太鼓持ちをちぎって座頭つけて食ったのってねー、そりゃまあいいか知らないけどもさー、神様のお守りをするんだよ、一つぐれぇ満足な事を言いなよー、なー。 俺は今ここでもって話すのは、これは嘘じゃあねえ、本当の話だから面白くねぇよ。 その代わりに懺悔話なんだからなー・・』 「へぇー、どんなんだい?」

『そうさねえ、今からちょうど・・十年ばかりめえ(前)だった。 おりゃ江戸でもって博打に手を出して取られてしまって、スッテンテンになって、八方八つ捩り(やつもじり、手が出ないのたとえ)の借金だ。 借金が着物着てるようになっちゃったから、これじゃあ江戸には居られねぇと旅へ出た。 旅をぐるぐる廻ってたけれどもいい事はねぇから・・江戸が恋しい、借金じゃ帰りたくねぇけども仕方がねぇから帰ろうとな、ちょうど中山道熊谷の土手へ懸かったよ。』 「ふうん」

『ちょうど暮れ方の事だ、一転俄かに掻き曇るってぇとポツリ、ポツリと降り出す雨が・・・“ザァ~~ッ”と車軸を流すよう、“ピカッ”と光ると“ゴロゴロゴロ、ガラガラガラー!・・ダーン!”、これじゃあしょうがねぇから大きな木の蔭に、こう雨宿りをしてると、すぐ側へ“ダーン”と落ちた。 おやっと思うてぇと脇でうーんと唸ってる者がいる。 ヒョイとみるてぇと年は六十を三つ四つ越した親爺だ。 “どうした”とこう言うとね、“私は持病の癪がございまして、雷(らい)が嫌いで今雷が落ちた音で癪が起ってしまいまして苦しゅうございます。” “そうかよし、じゃ俺がさすってやろう”ってんでな・・』

「ほぉ」 『こう背中をさすってた・・えー胸が苦しいてぇから、よしってんで俺が胸をこうさすって、こういう風に段々段々懐に手が入ってく。するとな、ひょいっとな手に触った物が有る・・それは胴巻きだ!』 「へえ」 『中にあんのは金だよ』 「ふうん」 

『えー、人間て者はしょうがねぇものだねぇー、一文無しだろう、明日江戸へ入ぇったっておめぇ銭、先立つものは銭だ・・ねぇ! 二百両ぐれぇ持ってんだこの親父! えーあたりを見ると人がねぇや、ねぇー・・人間僅か五十年、えーこの親父はもう六十を越してるんだ・・十何年もう元取っちゃって生きてるんだ。 今利息でこうやってるんだ。 えー・・もうかまわねぇ、俺は銭がいるんだ・・あたりを見て人はねぇ、首へ巻いていた山口(?)の手拭いでその爺をしめ殺した!』 「お前が?」

『ああ、そいで胴巻きの金を取ってみるてぇと二百三十両有ったねー、えー! その金持って江戸へ出てきたい。 えー、酒飲んじゃ博打を打ち、借りは少しけぇしたけれどもスッテンテン、元の黙阿弥、取られちゃった。 えー、残るのはてぇとその爺の顔だよ。 “悔しいー!” その顔・・目の先へちらつきやがる、夜寝ても覚めてもその爺さんが出て来やがる。えー“金返せー”何て言いやがってよー、俺も苦しくって苦しくって堪らねぇんだよ、お父っつぁん助けてくれ助けてくれって毎晩だ、えー。 しょうがねぇから信心をして、なんかしてるうちに段々段々と薄らいできて、この頃じゃその爺さんの顔もめえなくなったけれど、あー悪い事は出来ねぇもんだなとおらぁ思ったんだよ、ねー!』

「でー、どうしたんだい?」 『どうしたんだって、これでおしめぇだな!』 「何かい、こう何やらねぇのかい? こう何かそこんところへ、えー・・えー太鼓持ちを付けて・・」

『何を言いやがる、おめぇたちはそう言う事ばかり言ってっから駄目なんだよー・・だから俺は懺悔話だと・・本当の話をしてんじゃねぇか。 俺はただ神様のめえで懺悔をしてぇから言うんだな。』

(その4へ続く)




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