Nicotto Town



古今亭志ん生『二階騒き(ぞめき)』その1

古今亭志ん生『二階騒き(ぞめき)』

“騒き”これはもう今全く使われない言葉の一つとなってしまいました。 遊里を騒いで浮かれ歩くこと、またそうしてる人という意味だそうです。 志ん生さんです、たっぷりどうぞ
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えー吉原と言う物がまだ明治大正の頃には昔の風が吹いてなんとなく遊びに行きたい頃でありまして、えー尤もその頃はあそこを知らないと人に野暮だかなんか言われるから、誰しも一片は行っておく事なんですが、それが為にあたくしもそういう所へ足を入れて・・研究を致しました・・少し研究し過ぎちゃった。 内に居られなくなっちゃったりして・・えー、よろしい所でございまして。

“冷かし”という言葉は何かを値を付けて、で、よしたりなんかすると“あいつは冷かしだ”何て言われるのが有りますな。 冷かしの好きな人がいる、何かこう古着屋でも何でもですなー、買いそうなこと言ってると、向こうは何とかして売ろうと思うから、 「えー、その値はひどいガスがねー、ええ」 『じゃあまた来るよー』 それじゃあしょうがないので、「へえどうも、負けときましょう!」 『え、う?!・・うん!負ける?・・ん~~じゃあ帰りに来るから・・』てんで、これはやはり冷かしの内なんですなー。

 昔吉原の側に紙漉場(かみすきば)があって紙屋の職人が紙を水に浸して待ってるのが退屈だから、紙の仕分ける間一回り廻ろうってんで“冷かし”という名がついたんですな。 その頃はまあ仕事をするんでも半日しか仕事をしなかった。 一日仕事をしてるてぇと「あいつは一日働かなきゃ食えねぇのかなー、だらしのねぇ野郎だ!」って言われるのが悔しいから、昼なら昼でパッと仕事を切り上げて、湯にでも行って帰ってきて・・えー将棋でも指すとかそんな事してるうちに日が暮れると、一回り廻ろうなんてんで五、六人でぞろぞろ出かけるというんですな。

えー、浅草から吉原にかけて田んぼで有りまして、その田んぼを越して行くんでございます。 “これで帰れば千里も1里、長い田んぼも一跨ぎ(またぎ)”・・学校じゃあまりおせぇねぇけども、実に出かけて行くんですな、そしてこれは冷かしですからね・・んー、一回り廻って帰ってくる、その冷かしてのは長く続くんですな。 そりゃそうでしょう一文も要らないんだからー、お金を使って遊ぶ客より冷かしの方が長く続く、片方は金使ってんだからいつかつまづいちゃって来なくなるが、冷かしは毎晩のように行くんでございまして、“岡惚れも三年すれば色のうち、格子馴染みも四年越し”なんて、冷かしが来ちゃあ煙草飲んで“また来るよー!”なんて、“嫌な奴だねー!煙草飲んじゃ上がらないで、畜生!”何て言ってると、毎晩毎晩来るとね、もう馴染みになっちゃう、ちょいと顔が見えないと“あの人どうしたんだろう、体でも悪いんじゃあ?” 下らないこと心配するようになってくるのは可笑しなもんでございますなー。 ですからこう皆帰りにぞろぞろぞろぞろ帰ってきて・・「なーおい!」 『ええ?』 「女がよ」 『うん』 「“おまはん冷かしてばかりいないでたまには上がったらどうだい”ってやがるからなー“だけどもどうも具合が悪いんだー、おりゃ冷かすのが好きなんだよー” “私はお前さん上げたいんだよー、今夜あたしが縦引くからお上がりよ”何て言やがるから上がろうと思うと、その女、客がすっと来たんで、しかたがなくてねー・・“悔しい!”って言いやがった! はっはー!」 『何を言ってやんでー、馬鹿だなこいつは』

こう言う事を毎晩のように行ったり来たり行ったり来たりしているから、田んぼの蛙が覚えちゃって・・「人間てのは良く冷かしに行くねー、おい。 蛙だってたまには行こうじゃねぇかよー、行かねぇかい、えー? どうだい殿様! お前なんざ背中の筋が入ぇって様子がいいよ、行こうよ。 赤も行け、青もな、皆行こうじゃねぇかよー・・えー?あー、エボ!? 汚ねぇなあいつはなー・・何でもいいからもう皆行こう。 立って行くんだよ並んでなー、えー、んん、人間の様にこうして行くんだ。向こうへ行ってはぐれると踏みつぶされちゃうからなー、そのつもりでなー・・どうだいここ吉原だぞ、おい!」

『明るいなー』 「明るいともおめぇー、あー、どうだー!」 『んん、ここに並んでんのは人間の花魁てのかい?』 「そうだよ」 『この家は何人いるんだ?』 「この家かい、この家は七人いるんだ、おめぇどれがいい?」

(その2へ続く)




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