Nicotto Town



古今亭志ん生『二階騒き』その2

『そうだな、おりゃ蛙だから人間は分からねぇけど、あの上(かみ)から4枚目を張ってる女がいいなー』 「そうか」 『んん』 「おりゃ違わー」 『おめぇどれがいい?』 「おりゃあ下から4枚目の女がいいやー」 『あー成程・・おんなじだよー!』 「おんなじかー、あー・・どうしてあれがいいんだい?」

『んん、あの仕掛け(遊離ではうちかけや小袖の事)がねー、気に入っちゃったー、八橋の形に切って有る。 えー、俺たちゃ八橋が恋しいからな~・・何というのか聞いてみなー』 「そうかい・・若い衆さん!」

『へぇへ』 「あの八橋の仕掛けを着てるの何てんだい?」 『手前共には居りませんよ!』 「いやあそこにいんじゃねぇか!」 『八橋の仕掛け来ている女はお向うですよ』ってね、蛙だから立ってたんで目が後ろについてる・・そんな事が有るんでございます。 ですからこの冷かしというものは一頻り(ひとしきり)は流行ったもんですな、だれでも冷かしには行ったもんです。

どんな偉い人でもあそこへは冷かしに入ったてぇくらい、“吉原の通い始めは笠と下駄”なんと言う。 仙台の公(きみ)は茶歯下駄履いて吉原歩いて助六が蛇の目の笠差して、ああ言う所を歩いたというような、えー、こう見て歩いてるだけだって皆いい店には綺麗な女が並んでますからな~、えー、だからどうも吉原行かねーと寝られねーなんて、厄介な人がずいぶん有るもんでして。

『若旦那! 若旦那!』 「何だよ」 『何だよったって貴方ねー、あたしの身にもなって下さいよー、毎晩毎晩遅く帰ってきてはどんどんどんどん叩いて起こすでしょう、えー! あー、大旦那がもう本当に怒っちゃってて“倅があんな事ばかりしてるなら、ありゃ勘当しなくちゃならん、世間にきまりが悪い! 堅気の家の息子がそんな事して” こう言うでしょ、えー! 勘当しなくちゃなんねぇと言うのを私がそうですかと黙って聞いてる訳にはいかないよー、ね! だからねー、行くなじゃないですよ、え、たまにお出でなさい、たまに』

「んん、たまに? やなんだよ俺は、毎晩行きてぇんだよ」 『毎晩はいけないんですよあなたー、だいち大旦那は“あーいう所行くようになってからあいつは口のきき方が乱暴になってきていけない”って言ってましたが、まあねー、んん毎晩はいけませんよー、ね! そうでなければその女を身受けしてどっかおいといてさ、んでこう昼間ちょいとお父さんに知れないように会ってさ・・いや、分からないじゃないですか!』

「俺は女はどうでもいいんだい」 『そうすか?!』 「んん、俺は吉原ってもの好きなんだよ、うん、女じゃいけねぇんだ。 吉原内へ持ってきてくれりゃあな!」 『んな無理な事言ったって、しょうがないねー・・じゃ何ですか、貴方は何ですね、吉原で冷かしてるのが好きなんですね?』 「そうだよ」

『あ、そうですか・・こんな事が有るんですがねー、煙草を好きな人が煙草を止めちまうと口さみしくてハッカパイプなんかくわえて我慢する、そのハッカパイプの型にですねー、お店の二階は広いんですからさー、ね、二階を棟梁(とうりゅう、江戸落語では“とうりょう”とは言いません)に言って吉原のようにすっかり拵えてもらって、二階で冷かしたらどうです?』

「?・・大丈夫かい?」 『大丈夫ですよー、あー、棟梁腕がいいんだもの、頼めばきっと!』 「やってみようか!」 『ええ、出来たらね、えー頼んでみますから。』 「変なー・・違うんじゃヤダからなー!」 『ま、私にまかして下さい』

と、番頭が出入りの大工の棟梁に “こういう訳ですがと一つ若旦那が身を治まるんですからお願いします” “んじゃやってみましょう” てんで、これから吉原行ってずーっと様子を見ておりましたが仕事に掛かってみるてぇととにかく腕がいい、忽ち(たちまち)のうちにこれが出来あがって・・

『若旦那、出来上がりましたよ』 「そうか!ふーん」 『冷かしてらっしゃい!』 「本とかい! じゃあその戸棚にね、着物があんだよ、出しとくれよ」 『着物どうすんの?』 「着替えて・・」 『着物なんざいいじゃありませんか』 「え、そうはいかないよー! 冗談言っちゃあいけねぇなー、んん、着物着替えて行かなくちゃ、その・・何が出ねぇんだよ」

『それは何て着物です?』 「これか? こいつはなー、“古渡唐桟(こわたりとうざん)”てんだ」 『へえ~!』 「こう言うの着なくちゃ冷かせねぇんだよ」 『身幅が狭いですねー』 「ああ、七五三五分回しってんだ。 こいつぁなー、懐手してはっと歩いてると、こう内腿が見えなくちゃいけねぇんだい冷かしというのは、なー! ものは鉄火(博打うちの意から威勢のいい事)に行かなくちゃいけない。」

(その3へ続き)




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.