Nicotto Town



古今亭志ん生『二階騒き』その3

「えー、そろばん玉の三尺(帯の事)をこうキュッと結んでおいてなー」 『えー何ですか、この袂(たもと)なしの着物ですか?』 「んん」

『袂有ったのに袂無いんですね』 「んん、こいつぁ平袖てんだよ」 『んん、どうしてです?』 「どうしてだっておめぇ、あそこ歩いてて冷かし同士でぶつかったら喧嘩が始まらぁな・・女がおめぇ格子摑まって見てるのに、謝る奴はいないよー、なー! だからパーっと突き当たるとたんにいきなりパーっと殴るんだよ。 どの道殴られるか殴るかなんだからなー。 ん、そん時に袂有るとゲンコが支えちゃうんだ・・向うにいっぱい殴られちゃうんだー、えー! だからおめぇいつでも出来るように懐へこうやってゲンコ固めて持ってんだよー、ゲンコ貯蓄してんだからなー・・貯蓄ゲンコーてなもんだ。 えー、パーっと突き当たった時にさっとこのゲンコが出なくちゃいけない、それをつーっと支えちゃったりしたら殴られちゃう、だから平袖なんだよ。」 『は~・・そうですか・』

「そうさー・・この手拭いよく見ときなー、こいつぁね、亀の寿司ってやつだ、ねー、こう・・こうほっ被りしてねー・・」 『どうすんの?』 「夜露が毒だってやつだよ!」 『二階だから夜露なんて有りゃしない』

「うるせぇね、おい! 二階のつもりじゃねぇんだよ、えー! こっちはおめぇ向こうへ行って冷かしてるつもりになんなきゃいけねぇからなー・・・誰がきても上げちゃあいけねぇよ!」 『へい、よござんす!』 「上がってみて気に入らなきゃ下りてきちゃうよ!」 『へい、宜しいございます』

「じゃ行ってくるよ!」 『へい、行ってらっしゃいまし、えーいつまでもゆっくり冷かしてらっしゃい。 冷かしくたびれちゃったら往来で寝ちゃってもいいんですよー、下が畳なんだからねー』・・・

「んー・・へへ、まあーどんな具合だかなー、えー、棟梁は腕がいいんだから気に入るようにしねぇかな? 内で冷かせればなーこんな幸せはねぇやー、ねー、遅くけぇって来てどんどんどんどん叩いたりなんかする事ねぇんだからなー・・・

へぇ~~、え~~! 綺麗だねー!良く出来たねー、えー!どうだい部屋の行燈(あんどん)にこう明かりがへぇってる、なー、いいじゃねぇかええ! おお、店張ってんねー女が、あっは、有難てぇなー、えー、重台(?)が有って若い衆が居やあ冷かせるじゃねぇか、なー。 ひとつ冷かしてやるかな!・・“はぅ・・・ううううんうー、が!”ううん、誰も居ねぇね!こりゃ寂しいね~これはねー、吉原にだーれも居ねぇてなないよーねー、こんな晩がねぇとも限らねぇからなー、うん、良くあるんだよ、言ってるうちにモギリ(枡酒の量り売り)何ぞ飲んじゃうとどんどんどんどん客は上がっちゃう、冷かしももうくたびれてしまってけぇってしまう。大引け過ぎって時分だね・・新内の流し(しんない節)が遠くから聞こえてくる、えー、按摩の笛・・そういう時分で、シーンとしてるとこを・・もう、冷かして歩くのはまたいいなー!今夜そういう晩だ、んん、そういう風に決めちゃおう、ねー。

“か~~わ~す~~うう~枕が、え~”どうだい!忙しいかい?え?何を、暇です?何言ってやんでぇ、暇な事はねぇじゃねぇか、えー、余計な事してたらいいじゃねぇか、何言ってやがる・・え?何?上がってくれ?駄目、駄目だい、これから冷かすんだもの、冗談言っちゃあいけねぇよ、うー、また来るよ!ね、うん、帰りに上がるよー・・・

“おしゃ~~べり~ならば~”ちょっとおい!んん? “チョイチョイチョイチョイ、いらっしゃい、話があんだからさー、えー、いいじゃないかさー” “え?何を、嫌だよ!” “まあー、そんな事言わないでさ、ねえ、あそこにいる女の子、チョイトチョイト!” “あー、おーお、何すんだよ、おい!嫌だってんだよー、冗談言うなよおめぇー、おりゃ冷かして歩いてんじゃねぇか!” “でもさーあんた、お願いしますよ、ね!あたし助けて下さい” “嫌だよ!” “あーっと、ねー、こう・・” “嫌だってんだよ!” “それだっ・・・”(えへん!ううう)あ~、こりゃあ忙しいや!こりゃ忙しい!何から何でもやらなくちゃならねぇ、こいつは忙しくなってきたね~、こりゃあね~。

“日々~~いいい~に~か、喧嘩~~ううああ~” “今晩は“ “絶えや~せず~~か” “チョイト・・チョイト!” “ああ?” “さあ、一服お上がんなはい!” “そうかい、すまねえな”」

(その4へ続く)




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