Nicotto Town



古今亭志ん生『柳田角乃進』その1

えー、今夜やる柳田角乃進は、あたくしの師匠の円鏡というお方が・・えー時々おやりになったのを、あたくしは50年前ぐらいにこれを聞いて覚えた、教わったんじゃないです、自然に覚えまして。 えー、ですから何でも聞いてるという耳学門が一番いいようでございます。

武士というものは昔は大変な見識があるし、また大変な、えー、物に断が有る。 だから武士はてぇと間違った事をして 「切腹申しつけるぞ!」 『はー!』っと言ってすぐ切っちゃった。 今は腹など切りゃしないんですね。 「切腹申しつける!」 『いや、じゃあ一服してねー、考えますから・・』 昔はそうではない、申し訳のない事をすればパッと腹を切った。

で、武士は大小の手前という事がございます、どっか行くったってやっぱりその遊びに行くのには大小を皆預けちゃうんですなー、えー。 そいで縞物なんての着て、髷(まげ)まで直してそして遊びに行くんです。 そういう風にしてるてぇと気軽でございます、だから駕籠なんぞが来てドーンと酔っぱらいの侍に突き当たると 「無礼者め!中にいる者出ろ!」 こうなるんですなー、中に居る者が町人ならば、「んー、しょうがないなー」で済むが、武士となると勘弁出来ない。 それ中にいるもんだって駕籠屋が粗相したと言っても武士ですからそりゃもう謝っても勘弁してくれない。 こりゃどうしたって斬り合わなきゃいけなくなる。 一人で中に居て向こうが三人酔っぱらってて、こっち一人なら何の事はねぇ斬られちゃうんですなー、えー。

あたくしの親父なんざやっぱし武士に生まれついて道楽もんでして、それでもって新宿に遊びに行くんです、町人の振りをしてね。 そいで身欠け雑魚(?)、あそこんとこをね、やっぱし酔いどれの侍三人にね、パーっと駕籠屋が粗相して、「泥棒! 無礼者め! 中に居る者は何だ!」って言うとパーっと駕籠のたれを開けられると、「んー!」・・縞の着物に町人の風してる、「あー、町人で有るか!」てんでそいで済んだ。 それを普段の風をして両刀を手挟ん(たばさん)でたら、親父なんざ斬られちゃう・・斬られればあたしも居なかった。 だから侍でも大したもんですな、けれども、それでその中に侍でも性質(たち)の悪いのも居るしな、それは大変なもんでございます。

 この江戸といった頃に江州彦根の城主、井伊掃部頭(かもんのかみ)様のご家来に柳田角乃進という文武両道に達していた武士が居りました。 留守居役という、この人曲がった事が嫌いな人で何事も自分の思う通り、正直な人ですから、だから上の者は 「あーどうも、あいつは嫌な奴だな」と思ったけど、曲がった事しねぇんだからどうもしょうがない、だから終いには上役の懺悔んでもって浪人した。 水清ければ魚棲まずというのはこれでございますな、浪人をしてしまった。 そして御自分は当年一八歳になるお絹さんというお嬢さん、早く奥方に逝かれ男手一つで育てた、このお絹さんを連れて江戸へ出てきて浅草安倍川町の裏屋住まい。 昨日までふすまの隙間風も厭う身のこのお嬢さん、今日は濯ぎ洗濯針仕事をして細い煙を立てているというような次第になって参ります。

柳田というお方は用が無い浪人で有ります。 で、この何より碁が好き、材木丁に碁会所が在る、そこ行っちゃあ碁を囲んでいる。 (ふふん)あの碁会所でも将棋の会でも強い者と碁を打つ将棋を指す、えー・・どうも自分がその道へ入るならともかく、慰みにやるのによろず負けてばかりいてね、うん、嫌になっちゃうんすね、ん。 玉突いたってそうですね(ビリヤード)、うん、50しか突けないのに250も突かれた日にゃあ始終銭はこっちで出して 、んで向こうに使われてたまにバーンてんで玉散らかしてお前さんは・・(何かのしぐさ)・・一度やってても突けねぇんでまたやると・・考えてみるとその機能するならともかく、碁でも何でも格段の違いの人間とやってたってしょうが無い。 そこへこう柳田の相手はてぇと浅草馬道一丁目質両替渡世、万屋源兵衛という人、この人もあまり上手くないから柳田とはいい碁仇でございます、二人で始終碁を囲んでいる。

「あのー、柳田様、貴方とあたしはとっても良い相手でございます。 はたの者はみんな強くってなー、え、だから貴方とこうやって碁を打つんならば手前共で打ったって同じじゃありませんか、あたくし共馬道一丁目でございます、いらっしゃいな。」

どうも武士たる者が町人の所へ行って碁を囲むてぇ事は・・嫌だけれども好きな道だから・・・その万屋源兵衛の家へ行くってぇと離れの10畳の座敷、何から何まで至れり尽くせりという贅沢で有ります。

(その2へ続く、今回の人情話はややお長くなりますので何日かに分けます。 50分)

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2009/04/30 01:05
お、今回も始まっていますね。わくわく^^



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