Nicotto Town



古今亭志ん生『柳田角乃進』その3

「いや、それは儂(わし)は良く知らない・・ただ金をどうこうは言ったが・・後は知らないがな」 『あー、左様ですか? それが何ですよ、貴方が帰る、後見るてぇとその五十両が御座いませんで、旦那様は膝の上へ置いた、後は分からない・・えー、へへ、良くそのぉお酒を飲みました後で・・分からないでこう何かこう・・有るんですよそりゃあ、えー!・・どうか事によると御召物の袂にでも・・お煙草入れと間違えて入りはしませんか? こう・・調べて・・』

「何だ! 浪人をしても柳田は煙草入れと金を間違えて持って来るような事は致すか、ん!! 無礼な事を申すな! 帰れ!」 『う・・と・』 「何でも帰れ! そこに居るな! そこに居るってぇと斬り捨てるぞ!」 『・・で、ですから・・じゃ宜しゅう御座います、ですが五十両の金で御座いますから、そのままにしておかれませんから、一旦これを出る所へ出てこれをけりを付けなければなりません。 貴方と旦那と二人の中で失くなった五十両ですから、一応奉行の御取調べが有るかもしれません、そこを御勘弁を願います。』・・

「これこれ、待て! 願って出るという、そりゃあ止めて貰いたい。 いや知らん、拙者は知らんけれど、それは困る。・・でもその場に居たのがやっぱり拙者の不運だなー・・んん、致し方が無いか、その五十両は拙者が出そう。 今無い、あすの昼時までには50両取り寄せとくから、明日の昼頃取りに参れ。」 『はー、左様すか、いやーもうね酔ってしまいますと・・』 「これこれ、酔ってしまうとは何だ! 拙者は知らん!知らないけれどもそこに居合わせたのが不運であるから拙者が出すのだから、良いか!」 『へい! 御免下さいまし』・・・

『何言ってやがんだい、へん! 浪人してやがって、やっぱし金が欲しいんだよ、出るとこ出ると言ったもんだから、へへ・・すぐには出せないから明日昼来いだって、だからいけねぇんだよ浪人なんて者はー』

万屋徳兵衛の帰った後、柳田が自分で考えて・・硯を取りよせて何かそこへ書きまして文箱(ふばこ)へ入れて、「これや・・絹!」 『は・・お呼びで御座いますか?』 「ああ、あのなー、この文箱をちょっと番町の伯母の所へ持ってってくれ、で、ここんところ暫らく参らんから其の方行って今夜泊って、明日ゆっくりして帰ってきてくれ」 『はい・・!』 「行ってきてくれ!」

『はい・・番町の伯母さんの所へこの手紙をあたくしが届ける前に・・お父上にこの絹からお願いがございます。』 「何だな?」

『・・・あたくしがこれを持って行った後で・・・ご切腹をあそばす事は・・おとどまり願います!』 「ん?・・其の方は今の万屋の支配人の言った事を聞いてたか?」

『はい!・・取らぬ物を取ったと言われ・・あなたは腹を切って・・万屋源兵衛、徳兵衛に武士の赤き心をお見せになるつもりで御座いましょう・・』

「んん、子を見ること親に如(し)かずとは古人の謹言であるが・・それが今逆しまに其の方に見抜かれし我が胸中!浄玻璃の鏡(閻魔大王の鏡)に懸かったこと、如何にもそうだ。 浪人してお端内から下、柳田と馬町きっての財産家の万屋源兵衛と、ふたーりより居ない所に・・50両の金が失くなったと見れば・・のちに分かっても一時縄目の穢れを受けねばならん柳田。 さすれば御主(ごしゅう)の名前も出るし先祖に対して申し訳が無い、よって腹切って拙者の潔白を見せるつもりだ。」

『・・そ・・それは、貴方はその潔白をお見せになるつもりでしょうが・・何といっても先は町人ですから・・柳田は取った金が現れたんで腹を切ったと言われたら・・武士道が立ちは致しません・・・どうぞこの絹に、親子の縁を断(き)って頂きたいので御座います。』 「盗人の汚名を着せられるような父を持っていては其の方世の中に・・」

『いいえ、そうでは御座いません。親子の縁を断って下されば赤の他人で御座います・・あたくしが吉原の泥水稼業へ自分の身を沈めてもお金は調達致します・・残念では御座いますが一時あの徳兵衛に金を御渡し下さいまし・・取らぬ物ならきっと後に至って(ごにいって)出るに違いありません、その時に万屋源兵衛並びに徳兵衛を首にして武士道をお立て下さいまし。』・・・

「左様か・・それでは・・絹!・・儂がお前に頼む! そうしてくれ・・」 同長屋の女衒(ぜげん)の何某に駆け込んで、実はこう言う訳と話をして、『ええ宜しゅう御座います、お嬢さんの為なら』ってんで、で、このお絹さんを連れて吉原の半蔵松葉屋へ行って頼んだ。・・・

主人がちゃんとお絹さんを見るってぇと、これっっっがどうも美人ったってもう、その・・・美人の取り締まりだ! それにまた親の為という事が有るから・・・

(その4へ続く)




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