Nicotto Town



旭堂南陵『矢作橋』その5

秀吉は静かに靴音高く橋の中程をば欄干のあたりまで進んでまいります。 

「(あ~、想い出すな~・・この橋は吾が12歳の時にこの橋の下に菰を被って寝ておった小猿・・今日はこの姿と成ってこの橋を越す・・おお、その時の徳川竹千代は今は余の家来、徳川家康である・・)」と思いながら、ひょっと振り返りますとちょうどその時に徳川家康公、乗物から出まして静に足を運んで秀吉の後ろに立っていた。 

こりゃあね家康公がなんでここに立っていたかと言いますと、三州この辺は家康の生まれ故郷で御座います、ことにこのたび関白殿下が奥州まで治めて初めて日本には戦という物が無くなった、天下泰平と成って秀吉が大軍を連れて東海道をば押して来るのですから、家康はあらん限りの接待を致します。

駿河、遠江(とおとうみ)、三河、この間みんな徳川の領地ですから・・領地であるからもう実に至れり尽くせりの接待! その矢作の橋で殿下が駕籠から出て静かに歩きだしたんですから、ご自分の故郷だによって、秀吉が“あ、あそこは何処や? ここは何処や?”てな風に尋ねるだろう、その時には一々説明をせんならん。 ご自分の生まれ故郷だけに家康はわざわざ駕籠から出て秀吉の後ろにこう立っていた。

秀吉振り返って家康の姿を見ると、思わず知らず大口をあいて、「ワ~~ファ~~ッファ~~ッファ~~ッ!!」と笑った。 

ガチョウが鳴くような笑い声! 家康驚いた、『何という派手な笑いようだろう? 何がそんなに可笑しいのだろう?』 

もう秀吉は愉快で愉快で堪らない、腹の底から愉快だ、それだから思い切り笑った! 家康は不思議な顔をしてこう見ている。

「おお徳川それに居られたか~、あ~あ、余は望みを達した!」 

『殿下望みを達しられたと仰せられますのは?』 

「徳川・・余は12の時にな、この橋の下で頭から菰を被って寝ていたんじゃ。」 

家康も驚いたんで、この人は身分の軽い人とは聞いてるが、橋の下でルンペンのまねしていたとは、こいつは家康も思わなかったから、『はは、はー!』

「御身(おみ)がそうじゃ、まだ7,8つかな、駕籠に乗って先を掃ってこの橋を渡った。 その時に俺はな、御身の家来に追い立てられて橋の上に両手をついて頭を下げた、土下座をした。 その時に子供ながら彼も人なり吾も人なり、吾運に叶いなば徳川竹千代を家来にとしてこの橋を越さんと思うたんじゃ。 その望みが今達せられた! 秀吉の満足この上御座らんて! ワハッハッハッハッハ~ッ!!」 

これを聞いた徳川家康、それでわざわざ降りたんだ、おりゃあまた拍子の悪い所へヒョコヒョコ出たもんだと思ったがね、後に天下を治める徳川家康です、そんな事を言われてきまりが悪いてぇな顔する人じゃあない。

『へへー!! ああ殿下には御(おん)望みを達せられ、この上無きおめでたい事に御座います・・ヤァヤァは一同!! 殿下御望みを達せられた! おめでたを申うさっしゃ~~い!!』 

大きな声でおめでたの音頭取りを致しましたから10余万の大軍は異口同音に、“うぅわぁ~~!!”っと声を揚げた。 

おめでたいという声は川水に響き渡りました。 望みを達した矢作の橋! 太閤記矢作の橋と題した一席の講談で御座います。
― ― ―
この話はまったくの創作と言われてまして江戸時代になってから太閤人気で作られたものだそうです。 実際の秀吉はやはり人の子で偉くなってからはちょっと人が変わられたようで、自分の出自についてかなり劣等感を持ってるらしく、信長に仕える前の事は一切話さなかったと言われています。

さて次回は秀吉さんにまつわる滑稽話です。 森乃福郎さんで『太閤の猿』という面白い上方話を用意致しました。 この方は‘98年に亡くなられた方で、噺家というよりフジテレビの競馬中継の解説でお馴染みだった方、“競馬は本業で後は趣味や”と言ってた方です。 たまに競馬中継見たりしてて知ってましたがこの話を聞くまで落語家である事さえ知りませんでした。 面白いネタですよ、お楽しみに。

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2009/05/09 22:37
ああ~、浪曲もあるんですね。そういうの区別つかないです;
どうもよくわからないです。
落語しかちゃんと聴いてなかったのねw

そういえば詩吟をやってるのを
みたこともあったけど、あれも、話芸なんですね
べんせい~しゅくしゅく~ とか そこらへんしか覚えてないけど;

親が剣舞やれるんですって、
踊ってるのを見たこと無いけどw写真は残ってるの。



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2009/05/08 21:43
コメントありがとさんです。 大変失礼なのですが、廣澤さんは確か浪速節の方で浪曲師だと思います、話の中に三味線で歌を付けてやるやつ、“何はなんたらなんたらや~~”と始まり立って張り扇叩きながらやるやつ。 今人気なのは国本武春さんでしょうか。 きっぷが良くて聞きやすいので好きですねー。

 講談は見台を前において座ってやる、講釈師とも言いますね。 まあ面白ければ区分けなんてどうでもいいかも。
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2009/05/08 17:10
違いはあるんですね。なるほど……
講談は今まで少ししか聞いてないんですが、歴史物は昔の幼い私には難しかったようです。
今ならば、理解できるかもしれません、機会を見つけたらそっちにも興味を持ってみたいです。

私が好きな講談師は昔の方です。広澤寅蔵(文字ちがうかも;)さんです。
あの声はしびれます。宝井馬琴さんも有名ですね。
講談詳しくないんで聞いてても覚えてないでした;

日本の話芸は好きです。ときどき見てます。
用事や仕事で見損なうことはよくあります。

実は聞いたことが無い落語はたまーにしかないです。
ただ 昔のことなので、ところどころ覚えているのです。
今大人になって見直すと改めて感動します。

あと、最近演目をものすごく早口でやる方もいて、
雰囲気もすっかり失せてしまうことがあります。
私の我侭か、好みの違いなのか……
お茶とか、ずずーっと、すすりながら、ゆったり語ってくださる方が好きです。
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2009/05/08 12:37
講談の場合は落ちがつかなくていいのが落語との違いでしょうか、それと講談は必ず歴史物のようです。 忠臣蔵や戦国武将、江戸時代のヤクザや大泥棒の話が多いです。 怪談ものは本とは落語ネタですがどなたもやるようです。 講談では当代の宝井馬琴さんがいいですね。 声が講談にピッタリで時々NHKの日本の話芸(教育、火曜日14:00など)でよく見ます。 今度の日曜のNHK第二で3:00からやる様ですよ。
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2009/05/07 21:51
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち……
今夜は天下をとった秀吉さんでしたね。大変おめでたいお話でした。
いつも楽しませていただいて感謝です♪



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