Nicotto Town



金原亭馬生『臆病源兵衛』その1

え~、よく我々の方で、臆病と言う事を言います。 「え~、おりゃあ臆病者は嫌いだよ!」なんて方が、じゃあこの人は大胆な人かと思うってぇとそうでもないんですね。 『え~、何かあそこにね・・出るらしい、行って見よう!』てんで行くと、その人だけ居なかったりする、いつの間にか居なくなっちゃう・・

よく言われました、「お前さんは・・怖がらないかい?」 『臆病じゃないですよ! 臆病じゃありませんよ!』 「そうか・・夜中に憚り(はばかり)行くかい?」 『行きます』 「そしたらね、憚りの所に・・まあ・・鏡がないかい?」 『え、有ります』 「んん、そこでね、声を出して笑うんだよ・・後ろから誰か覗くよ!」 『?そうすか・・』 で笑って見たんですがね・・なるほど人が覗くような気がするんですよ。 そしたらこの人笑うのをやめました。 あ~、そういう事幾らも有りますね~・・

私の知ってる人で、え~、旅興行歩きまして、地方の・・昔は芝居小屋と言う物をよく使いました。 今はもう立派な会館が御座いますけれども、で、あの~、御承知の通り昔は水洗なんというのが御座いません、下に溜めてあります。 で、あの上へこう・・地方の芝居小屋てぇのは深いやつでしてね~、大きい・・

で、「お、何処行くの?」 『ちょいと憚り(はばかり)へ・・』 「あそー、ん・・下見んじゃないよ!」 『え?』 「下見ちゃいけないよ!」 『んん?』 「女が上を見て笑うから!」 『・・・へぇ?・・ははは・・』 そう言われると見ない訳にはいかないんですね、これね~・・で、しゃがんでこう、そう笑ったような感じがするんです。 で、この人はもう居ませんけども・・う~、それから以後、絶対に憚りの中では・・用を足せなかった、必ず外で用を足してましたね。 え~、おかみさんが困ってましたけども・・そう言う事と言うものは、ま、幾らも有るもんで御座いますけれども・・

「お~う、来たね、上がんなよ。」 『お暑うござんす・・暑いですね~』 「暑いんだ~、驚いたよ、うん・・今日はね、ちょいと用足しを昼間してねー・・」

『そうすか、いや~、これから寝ようと思ったんですけどもね、もうーあんまり暑いんで寝そびれちゃいましてねー、兄いはどうしてるかと思いましてね・・相変わらず兄いの家はようがすねー、こう四方が空いてますからね~』 「ん~、まこれだけだね俺の所のいいところは。」

『いいえ、こう四方の空いてる家というのは無いんですよ・・台所が空いて、ね、東が空いて南が空いて、こう空くもんじゃないですよ、えー、何か生き返った様で・・あれ? 相変わらず着道楽ですね~、いい上布ですね、あの帷子(かたびら、夏向きの裏のない単衣物)!』

「あ、うん? あーこれか・・まあ貰いもんなんだけども・・」 『あ、そうすか・・へぇーやっぱり違うな~、あっしなんかせいぜい貰っても浴衣ですからねー、へー、蚊絣(かがすり)の白の上布!いいねー、こういうのを着てみてぇなー、う~んいいなー』 「ふっふっふ、さっきも源兵衛が来てそんな事言ってた。」 『え?・・源兵衛来たんですか?』

「んん、なんかー・・別に大した用じゃなくってね、来たんだけども、まあ暑気払いに一杯飲まして涼んで帰ってった。 あいつはねー・・暑がりだから・・」 『あっくー!・・暑がりってやねー、今も前通ったんですよ、源兵衛の家の前を・・雨戸をびっしり閉めて! この前も聞いたんですよ、“何で雨戸を閉めてんだ、この暑いのに?” “誰かが覗いてる”って、えー、は、もう日が暮れると雨戸を閉めて汗をタラタラ流しながら・・不思議な男ですよ。』

「ほぉ~お!」 『来たんですか、源兵衛が!』 「んん、で飲んで・・少し暗くなったら慌てて帰ってった。」 『ふっ! 可笑しいね~・・いやこないだね~、あのあんな臆病なくせにね、女好きなんで、えー、女郎買いが好きなんですよ~・・一緒に行ってくれって、な~に俺もちょうど遊びに行く所だ、一緒に行こう・・行ったんです。 そりゃあいい所なんかに行きはしません。 ね! “じゃあ俺はここへ入るから”って、“じゃ隣に” “隣でなくてもいいけど、ま、まあ隣でいいや“、奴は隣に入った、ね、ようがすか? いちいち、“あのー居ますか? あのー居ますか? 逃げないでしょうね! 帰らないでしょうね!” あっしはね~、兄いの前だけれどあんなに面白くも何ともないのは初めてですね~』

「へぇ~!」 『そんな事している内にいきなり、“ギャア~~!!(ダダ~ン!!)”と音がして、あっしの部屋に飛び込んできた、源兵衛が! “どうした?”』

(その2へ続く ~27分)




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