Nicotto Town



金原亭馬の助『粗忽の使者』その2

「ぶぶ、戯れ? 戯れでは御座らん! 真実忘れ申した! 生きておるに忍びん、身共御当家に対しても甚だご迷惑、我が主君に対しても恥じ、お庭を拝借致しお詫びの印し、身共これを切る!・・これは何と申したかな?・・」 『切腹!』 「左様、その切腹を切る!」 『思い出して頂かん事には当家甚だ迷惑!』

「あ、いや、田中うじと申されたな、いやお笑い下され、ん~身共幼少の折りよりの粗忽、己の名を忘れる事も日に2,3度、言いつかりました用件を忘れることも度々、その度ごとに我が父が怒りまして、“己のごとき粗忽者はおるか!” 怒り心頭に達した我が父が度ごとに身共のここで御座る、えー、えへん!・・ここは何と申したかな~」 『は?・・居敷(尻)!』 「は、左様、この居敷をつねりました。 度ごとに思い出したる事が御座るが・・如何で御座ろう、身共のここをちとおつねり下さらんか?」

『御貴殿の居敷おつねり申しお思い出しなれば重畳、幸い誰も見ておりません、では・・どうぞこれへ・・』 「やって下さるか! かたじけない・・(ケツをめくる仕草)・・では何事もお願い申す!」

『御無礼仕る・・んん!・・は! 大層硬とう御座るな~、やられ付けられてタコに成っておるのですか?・・では参りますぞ、宜しいか?・・う・う・う!!如何で御座る!じゃ・ぶ・た・うじ、うう!』 「ハエがとまった程も感じん・・」

『御覧のごとく身共この通り老齢、これ以上の力量は御座らん・・いや、お待ち下され、当家も大藩、指先に力のある者召しい出す間、暫時お控えの程を。』

これ笑う訳にはいきませんから、これが控えの間に帰ってきて並み居る人に話を聞かせると皆腹抱えて大笑い・・

「うや~い! こっち来いや~!」 『呼んでるよ、留っこ、ガサ留!・・何だい? 何?』 「こっちこっち・・えー、俺かい、俺はいま仕事のこってな用が有ってお作事に行ったんだい。 さあ済ましてけぇってこようと思ったらね~、この屋敷に向かってやって来た、あのー侍が、裃(かみしも)ってのツッぱらかして馬に乗っかってパカパカパカパカ・・何てぇのあれ? あの乗っかってる奴、何とかっていう奴・・あの~将棋の駒に似てるよ・・えー、香す?・・桂馬じゃない、ほら! あの角じゃない・・そう! 飛車が来た!」

『変なとこで覚えてやんね! お使者かい、それがどうしたい?』 「えー、歩いて来るとね~、何かぼそぼそ話し声、ちょっと見ると片った見(?風入れの為の部屋の底部についてる障子の事か)がちょっと空いてやんの・・悪いとは思ったけどね覗いて見たんだよ。・・とね、そのお使者と御当家の重役田中さんてんだな、あの人偉いんだね、んん、それがね差向い、りゃんこ、片っ苦しいもんだね名乗ったりなんかしてね~、田中さんがねお使者の口上、それ承りてぇー・・と、あっぱれだね! 忘れちゃったと来た。」

『そそっかしいんだね!』 「そそっかしいにも程が有るよ、思い出せねー、腹を切る、穏やかじゃねぇから何とかして思い出しておくんなさいてぇとね、言った事がまた古ってるね、えー、当人ガキの内から物忘れすんだ、そのたんびにお父っつあんが怒ってね当人のケツをつねった。 そうすっと思い出した事が有りました、すいませんが田中さん、やってくれませんか? 気の毒にあの年寄り後ろへ回っておめぇ、“如何で御座る!”ってと、気かねぇんで、ケツがタコに成ってる。 硬てぇんだおい、可哀そうじゃねぇかな、あったら若い侍殺しちゃあ、ね~・・覗いて見たのも何かの縁、こちとら向こうへ行って、へ! ひんねじってやろうと思ってよ!」

『出しゃばり!』 「え?」 『出しゃばりだよ、なー! 何かってそうだよ、馬鹿! しっかりしろや、いいか田中さん年は取ってる、年は取ってるがヤットウ(剣道)の出来る腕でつねって気かねぇんだろ、おめぇじゃ気く訳ねぇじゃねぇ!』

「あたぼうだ! まともに行って気く訳ねぇじゃねぇ。 おう! おたげぇにな、この家出入りの職人だ、おりゃあでぇく(大工)だ、おー、見てやってくれ、え! お! 商べぇもんの閻魔でもってちょいとこう・・」 『何! そ、釘抜き!』 「そう!」

『よしなよ、そんなおめぇ、そんなもんでやったらケツに穴空いちゃうよ!』 「穴空いたっていいじゃねぇか・・向うはまかり間違えば腹を切るってんだよ、腹に穴空くよりケツで済みゃあいいじゃん」 『そらそうだがね・・おう、行くのかー? うまくやっといでよ!』・・・

(その3へ続く)




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