Nicotto Town



金原亭馬の助『粗忽の使者』その3

『こんちは、へえどうも、へっへっへ、どうも田中さんでござんすね、どうも先程は・・御苦労さんでした。」 「何が御苦労さんで有るか?」 『へぇ、えー、さっきやってたでしょ、後ろへ回って、へへ、“如何で御座る!”・・』

「其の方最前のを盗み見たな!」 『盗み見ませんよ、覗いて見たんで。』 「同じだ、何故左様な事を致したかい?」 『可笑しかったんでしょうがねぇや、ね・・指先に力のある奴居ましたか?・・え、居ないの? あっしにやらしておくんない、えっへっへ、いえね、他の事はドジですがね指先は力自慢、いえ本と! 打ち込んだ五寸釘ね、ペッペッ、ピーッと!』

「抜き取ると申すか? 指先にて、えらく力量が有る。」 『いかん、いかんと申す、其の方が力量有ったところで職人風情をお使者の居間に出せるか! 当家の外聞に係る事じゃ、左様な斟酌(しんしゃく)には及ばん、あっちゃへ参っておれ!』 「いやいや近藤うじ、彼がかように申しまするがの・・(耳打ち中)」 『は・・は・・んん・・へぇ・・んん、おお、これは妙計、この物を暫時当家の若侍と偽って指し出だしますか!』

「ま、近う寄れ、其の方をな、指し出だすが・・何じゃその方が着致しておる物は? は? 腹がけ、ももひき? どんぶり? いかんぞ近藤うじ、恐れ入るが御貴殿の御紋服をちと彼に貸し与えて下さらんか? んん、かたじけない。 そら拝借致せ・・いやあー紋が曲がっておる、まっ直ぐにせんか・・よい、んん、袴(はかま)を付けい!」 『え?』

「袴を付けい!」 『何すか、袴っての?』 「お前の前に有る、目の前に有る。」 『あ、これ袴てんですか、あー、あたしたちこれ窮屈袋てんですがね・・え、付けるんすか、へぇ付けやすよ・・はい、付けやした。』 「ハケ先を直せ! んん、よい、馬子にも衣装じゃ・・どうやら形が付きましたのー、んん、お!時に其方(そち)の姓は?」 『はい?』 「いや、其方の姓は?」

『へえ、ええー5尺・・』 「誰が身の丈を聞いておるか、そうではない姓名である。」 『ええ?』 「姓名は? 其方の名は何と申すか?」 『あ、あっしの名めぇ! え、留っこ!』 「留っこ? 奇妙奇天烈な名で有るな・・あー、留吉とか留三郎とか申すのではないか?」 『さあねー・ そう言う事は大屋に聞かねぇと分からねぇ。』 「待て、身共が田中三太夫・・田中、中・・中田・・中田留太夫、これ、其方の名を暫時中田留太夫と致す、左様心得ておけ。」

『あ、あっしの名前変えちゃったの、中田留太夫、あ、神主みたいですなー、えー、あたし留太夫、あなた三太夫、はあ二人で漫才だ!』 「余計な事を申すのではない!」 『へへ、じゃあ、ペッペッ! 早いとこやっ付けやしょう!』 「何じゃそのやっ付けやしょうとは! お使者の居間に出たれば言葉は丁寧に、頭におの字を付け、言葉尻に奉るを付ける、分かっておるの? 身に続いて同道しなさい。」

『へぇ?』 「身に続いて同道しなさい!」 『どの辺でやりますか?』 「何を?」 『堂々巡りをする・・』 「堂々巡りではない、身共の尻へ付く!」 『食いつく?』 「食いついてはならん! 後へ付いて参れというに!」・・・

「暫時控えろ!」 『へ?』 「暫時控えろ!」 『ヒキガエル?』 「待っておれちゅうに・・何処へも参っては相ならんぞ、身共が御挨拶ののち、其方を読んだれば入って参るのだ、よいの?」・・

『地武太うじ、長らくお待たせを申した。』 「は、これはこれはご貴殿はどなたで御座った?」 『最前の田中・・』 「あ、これは厳い(いかい)御無礼を・・して指先に力量の有る御仁は?」 『ご安心を下され、当家で若侍、力量が有りますれば只今これへ・・うふん!・・これ次に控えし中田留太夫殿! これへ、只今・・うー? これへ! これへ! 中田うじ、こっちへと申すに!・・これ・・留っこ!』

(その4へ続く)




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