Nicotto Town



三遊亭円生『野次郎』その1

昔からこの嘘をつく事はいけないとよく言われまして、えー、嘘をつくのは泥棒の始まりだよなんと、私共御幼少の折りによく言われたもんで御座いますが・・

「えー、暫くで御座います。えー、どちらへお出かけで御座いますか? 運動で! おっほほほ、どうもいつもマメでいらっしゃいますなー・・おや! お可愛いお子様で、どちらの? お宅の? へー、ちっとも知らなかった、いいお子様をお持ちですなーどうも! にこにこしてまー、福相でいらっしゃいますが、お幾つぐらいでいらっしゃいますか? お8つぐらいで? 6つ! おー、6つには見えない、大きいなーどうも、ご体格は良くてまあ、お楽しみで御座いましょう? お嬢さんで御座いましょう? え? 男? へっへへへ、えー、お嬢様でない? 本当に、坊っちゃんの方で、おやおや失礼を、あたくしはお顔がやさしいから女のお子さんだと思った。  あー、いい御器量だなーどうも、もっともまあお父っつぁんでもおっ母さんでもどちらに似ても申し分がないが、お父っつぁんでもね、若い時分から女の子の方じゃずいぶん苦労させましたよ。」

『へへへへ、冗談いちゃいけませんよ、どうです子供が今何か飲みたいていう・・お急ぎでなかったらコーヒーでもいかがですか?』 「あー、コーヒーを! えー、大好物です、えー頂戴いたします、えー、坊っちゃん! おいちゃんがお荷物持ってあげましょうか?」 てんでしらばっくれて、人の懐でコーヒーの一杯も飲むという訳で、これはまあ嘘で御座いまして・・

『もっとこっちへおいで。』 「どうも、えー、すっかり御無沙汰を・・」 『いや御無沙汰はいいが、お前が来ないんでさむしい、えー、どうしたい? また何か嘘を仕入れてきたか? えー! 今日はどういう嘘を付くんだ? さあ早く嘘を付きな!』

「ひどいねどうも、上がるや否や嘘を付けと言われりゃ、嘘は付けませんね!」 『何を言って・・もう大体それが嘘じゃないか! お前はねぇ、いつ来てもどうも与太話ばかりしてる、それじゃあ人の信用という物が無くなるから、ま、たまにはお前も本当の話をしな。』 「じゃ今日は嘘をよします。」 『あー嘘話はいけない。』

「それじゃーあたくしがね、若い時分に旅をした話をしましょう。」 『旅の話! これは面白い、どっちの方へ行ったんだ?』 「奥州へ行きましてね。」 『奥州、ほ~! 商いで?』 「いえ商いじゃないんで。」 『ほ、何だ?』

「え、武者修行に行ったんで。」 『なに?』 「武者修行!」 『そろそろ始まったなお前、今嘘をつかないと言ったばかりなのに、武者修行てぇのはありゃお前よほど剣術が出来なければ、出来るもんではない!』 「えー、私はもう剣術は名人でして、えー!」

『ふふ、自分で名人と言やあ間違いないが、何流をやったんだ?』 「えー、なに?・・そうすね、えー、そりゃまー有りますわねー・・」 『有りますって、色々有る。』 「えー・・」 『ま、同じ一刀流でも小野派一刀流、北辰一刀流なんという・・』

「えー、貴方なんざどれがいいと思う?」 『ま、私はそういう事はあまり詳しくないが、ま、新陰流などはおとなし向きでいいという・・』 「あああ、それ、それ!新陰流やったんで!」 『何だかどうも怪しいなー、本当か?』

「いえ、これは本当で、あたくしが22の時に先生から免許皆伝を許されまして、で、これから武者修行に出てはどうかと言われたが、とんでもない事で、手前などはまだまだ未熟で御座いますてぇと、いやそうではない、お前の腕ならば道々で他流試合をすると一段と腕前が上がるからやってみてはどうかと言われたんで、こっちも年が若いから出かけましたがね、その時の形(なり)をご覧に入れたかったね!」

『へー、どんな形だい?』 「黒羽二重の五つ紋!」 『大したもんだ。』 「紺茶緞子(どんす)の武者袴に武者草鞋、一尺三寸鉄骨の扇を持ってすーっと出たが・・ど~~もいい男でね!」 『誰が?』 「いえ、わたくしが・・」

『いい男で?』 「えーえ! 色白にしてまなこ清らか、鼻筋通り、口元尋常・・」 『おいおいおい、ちょいと待ちなよ! 何だい言ってる事と顔と丸っきり違うじゃないか! 色白たってお前色は真っ黒じゃないか、えー、鼻は団子っ鼻で、口がワニ口で、うふ、げじげじ眉毛でどこが似てるんだ?』

「そうね~、えっへへへ、物価が上がると顔も悪くなります。」 『馬鹿な事を言うな、物価で顔が悪くなるか!』 「ま、いい男だと思って下さいよ、話がしにくいから、頼むよ!」 『頼まなくったっていいが、んじゃまぁいい男だと思う・・』

(その2へ続く:20分)




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