Nicotto Town



三遊亭円生『野次郎』その2

「途中いろいろ試合をしながら、おいおい奥へこうのして行きました・・南部の国の恐山という山の麓に掛かった時はちょうどもう日の暮れ方。 茶店の爺さんが店を片付けようという所に飛び込んで、渋茶を飲みながら山を見上げ、“この山は中々爺さん、高山のようだ”てぇと、“えー、高ぇ山で御座います” “拙者は夜押しをしようと思うがどうだ?”てぇと、“いやー、とんでもねぇ事で、この山は夜無事に越した者は無い! えー、天狗が出るとか、山賊が出るという噂が有るからおやめに成ってはどうか”と言われたが、じゃー怖いから止そうとも言えませんよねー、こっちも武者修行、“左様な悪者が出たら拙者が退治してやるから、決して心配をするな”てんで山へ登りかけて、どうも驚いた!」

『どうした?』 「何しろ道のその険しい事と言ったら、まず3尺ぐらい(幅)、片岩を見ると屏風を切ったような岩、片岩の方は何丈とも知れぬ谷間という、一つ足を滑らせれば谷間に落っこちる。 それを、ま、踏みしめながら段々と登って行くと向こうにチラッと明かりが見えたから、その時は嬉しゅうがしたね、えー! まずあそこへ行けば人家でも有るのかてんで、段々頼りに上がってくると上が一面の平地(たいらち)という奴で。」

『あー、大きい山にはそういう所がよくあるそうだ、んー、杉の空栽ち(うろだち)という奴。』 「明かりをひょいっと見て驚きましたね~、三、四十人車座になって焚き火をしている。 中で隊長然たる奴を見ると年頃が四十四、五にも成ろうかという、はー、色の黒い団子っ鼻でね、何しろ口の大きな一癖も二癖も有りそうな人相・・頭を見ると森のようにこう月代(さかやき)の生えている、芝居の方ではああいうのは百日桂ってぇがね、百日ぐらいじゃあんな風に生えませんね。」 『そうかい?』

「ええ! 四万六千日ぐらいはかかる。」 『そんな頭が有るかい!』 「矢後縞(?)のどてらを着て、その上から熊の皮のちゃんちゃんこを着てねー、銀の俵張りのキセルでたばこを吸っている。 その隣を見ると前髪(ぜんぱつ)の若州という奴で、芝居でするあの白井権八のような綺麗な男が居る。 その隣を見るとチョンチン髷という奴、その向うを見るてぇと侍の様な大髻(たぶさ、髪を頂きに集めた所)、其のこっちを見るといが栗坊主、その向うを見るてぇと一つ竃(ひとつべっつい、歌舞伎の髪型の一つ)、その向こうがくりくり坊主のちょん髷、その・・」

『おいおい、くりくり坊主のちょん髷てのはどんなんだ?』 「・・あ、そうか、えー、くりくり坊主の向こうにちょん髷が居たんで、えー、その二―つ込みだ。」 『込みで話をしちゃあ分からない。』

「やー、布団を着た奴も有れば素っ裸の奴も居る。 いや、とんだ所に来合せたと思ったが、ま、仕方がない、今さら帰る訳にいかないから度胸を据えて煙草の火を借りに行ったね! “卒爾(そつじ)ながら火を一つおん貸し下され!”てぇと、“さあさお点けなせぇまし”てやんの、二,三ぷく煙草を吸って・・(タンタン!)、“おーきに、馳走で有った”と行きかけると、前に居た奴がいきなり大手を広げてね、“侍れえ! 少ーし待っておくんなせぇ!”と来た。 “待てとお留めなされしは、身共が事で御座るよな!”てね、気取ったの。」 『んなとこで気取らなくたっていいじゃない・・』

「“辺りに人が居なきゃあ、こんだのこった” “して、何かい、用が有るか?”てぇと、“言わずもがなで御わせんか、あっしはこの山の駕籠かきだ、駕籠に乗って貰いてぇ!”とこう言う。 “身共は駕籠が嫌いだ”てぇと、後ろにいた野郎が、“そんなら馬に乗って貰いてぇ”と、“拙者は馬も嫌いだ”てぇと、向こうで怒ったね! “馬も嫌れぇ、駕籠も嫌れぇ、出世の出来ねぇ貧乏侍ぇ! そんなら酒手を貰いてぇ!”とこう言う・・これは無理な話ですよねー! 馬にも駕籠にも乗らず酒手を寄こせという、ま、こんなとこで火を借りたのは因縁だから、いくらか施してやろうと袂に手を突っ込むとね、細かいお足が有ったからこれを扇子へ乗っけてね、“些少ながら”てんで出した。」

『幾ら?』 「へへへへ、一文!」 『少ないねー一文は!』 「向こうも怒ったね、“これっぱかりならこっちからくれてやらー”とパーと叩きやがった。 銭が後ろへ飛んじゃったー、あたしは二時間探した。」 『みみっちいよーお前!』

(その3へ続く)




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