Nicotto Town



三遊亭円生『首提灯』その2

『いえ始めはこっちへ置いたんですがね、何しろ向う見ずに駆け出しやがったりなんかしてしょうがねぇんで、帰ぇって来るには見当がつかねぇからいちいち迎えをやるような訳で、まあ遊ばしといても無駄だから手伝いに寄越しちゃあどうだてんで、今橋本町のこんにゃく屋に手間取りにやって有るんですが。』

「そうかい、そりゃあいいや、なー・・おめぇが何だな番台で足の方がレキ(レコ)をやって、両方で儲けりゃあいいじゃない・・足に何か言伝はねぇかい? 足の方へ?」 『あちらへおついでがあったら願いたいんですが、どうもノボセの加減だか眼がかすんでしょうが有りませんでね、合い間を見て三里へ灸を据えるように足にちょいと言伝してやって頂きたいんで。』 「あー? じゃどうせついでが有るからちょいと行ってきてやらぁ。」

呑気な人が有るもんで、お湯の帰りに手拭いをぶら下げまして、「おい! おめぇんとこかい足が来てるてのは?」 『え、ええ、えー、あたくしの所へ参っております。』 「どうだい仕事の方は?」 『仕事はようがすねー!』 「いいかい?」 『ええー、よそ見をしませんから量(はか)が行って・・だいいちまあ飯を食わねぇからあんな得な職人は有りません!』 「そうかい・・何処だい? え? 奥から3台目の桶で・・おっほっほ、やってるやってる、威勢がいいな! 鉢巻をしてやがる!」 『鉢巻じゃねぇ、褌(ふんどし)だ!』 「何だい向こう鉢巻だと思った。」・・・

「おう、どうしたい?」 『や! これはお出でなさい。』 「おや? 足が口をきいてやがらぁ・・今日は胴の方へ行ったら言伝頼まれてきたぜ! なんだかノボセの加減で目がかすむから三里を据えてくれなんて事を言ってたから、まめに灸をちょいちょい据えてくんない。」 『あー、左様でがすか、恐れ入りますが胴へもう一片お言伝を願いたいんですが・・』 「何だい?」 『三里はまめに据える替り、喉が渇いても湯茶たんと飲むなと、そう言ってくんない! どうも小便が近くていけねぇから!』 馬鹿な話で御座います。 これが、まぁー、随分ばかばかしい話のようで御座いますが・・

えー、よくこの人を斬ったとか斬られたのという、ま、ゴボウやニンジンじゃないからそんなにむやみに斬れるもんじゃあ無かろうとも思うが、しかし腕前が優れて刀がよければ確かに斬れるんだそうで、人斬りの名人と言われたのが白井権八という人が上手かったそうで鼻歌三丁矢筈斬り(やはずぎり)なんてぇ事を言いましてね、斬られた人が知らずに歩いたてんで、いい心持ちになって鼻歌で、「うう~~う~う~~」 『おいおいおい! そっち行っちまっちゃあ駄目だよ亀ちゃん、こっち曲がるんだよ、おい! 何処へ? こっちへ行くんだよ! (タン!)』 背中を叩くとたんに二っつにバターンと倒れる! 『この野郎継ぎ目が剥がれやがった!』 人間の継ぎ目てなー・・・

相手を好まないのがこの酒という奴で、酔っぱらいがはっぱらいになったりなんかした日にゃあもうどうにも始末が悪い。 性の悪い山っ案山子(かかし)みたいに舌ぁペローリペロリだして・・

「あっはっはっはっは! 有難がてぇー、有難がてぇー! いい心持ちだな! あっはっは! 近年稀なるいい心持ちだおりゃあ! はは、久しぶりに一つ宿(しゅく、とうじは品川の事、新宿はまだ野っ原でした)へくり込むかなー、無事な顔でも奴に見せてやろうじゃねぇかな! 無事な顔見たり見せたり安心をしたりさしたりってやがらぁ、あっはっはっはっは・・あんまり安心をするつらでもねぇけども、まあいいやなー! 久しぶりに一つ女郎買ぇ・・・

こりゃいけねぇ、あんまり景気を付けられねぇ、場所が良くねぇ、芝の山内はこの所やけに物騒だ! 追剥だの試し斬りがここはちょいちょい出てくるてぇやん・・!・・こっちが大束(おおたば)に出りゃ向こうは驚いて引っ込みやがんだろうなー、ものは景気が肝心だ・・さあー!追剥でも試し切りでも何でも出て来い!! こっちはおギャアと産声上げてから痛ぇ思いだの怖ぇ思いをした事ねぇんだ! 目の覚める様にいっぺぇ・・(呂律が回らない)・・ってぇくれ! おう! どうした追剥、今日は休みかおい!」・・・・

『おい、おい!・・おい、おい!』 「お、おお、出て来やがった! こりゃいけねぇ、うっかり景気が付けられねぇやこりゃ、早ぇね、すー・・・おっそろしい大きな野郎だなこん畜生、へっへ、日当たりのいいとこでむやみに値の知れねぇ米喰らったと見えて、おっそろしく寸伸びになったな、叔父さん!」 『叔父さんとは何か?』

(その3へ続く)




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