Nicotto Town



三遊亭円生『永代橋』その2

もうそんな事は知らないから人はわいわいわいわい押しかけてくるが、綱が張って、通しません。 あー、両岸にはもう黒山のようになっているが、あー、待って居る長さと言うのは有りませんで、やっと11時頃になりましてもう通ってもいいというので、えー片々ずつまあ人を計って通すようにしたらよかったんで御座いましょうが、いっぺんに両方の縄を解いだ。

“それっ!”と言うと“わぁ~~!”ってんで鬨の声を上げて殺到して来た! 真ん中に行った者がぶつかりましてこいつが“か~!”てんで揉み合うという、一時に重量が掛かった為に橋桁が折れまして、川へ人が落ちる! はー、バラバラバラバラバラバラ後から後からと言う・・で、こう言う時はもうね、歩くんじゃあないんですから、橋の上へ立っていりゃあね後からこう人がどんどんどんどん押してくれますから独りでに体が前の方へ出てくるてぇ訳で。 気の付いた時にはもうどうにもなりません、丸でジョウゴの中へ豆をかけるようで、もう限りなくどんどん落っこって行く。 えー、お終いのほうで落ちた人が体が濡れ無かったてぇますから・・いやこれは本当の話で御座います。

その時にいずれのお武家か知れませんが、この方はいい塩梅に欄干の側を通っている。 ちょっと気が付いたんで急いで欄干にしがみついて、片手で大刀を抜くってぇとパーってんで上でこう振り回した! お天気のいい時ですから反射して遠くの方からでもピカピカピカピカ光る。

「お、お、おい! すっぱ抜きがあるから・・少し、お、お、お・・控えろ、控えろ!」 皆こう人が押すのをば、躊躇をした。 で、橋の落っこったという事が知れましたので、“ワァ~”と言うんで両側へ人が退いたという訳で、ま、それが為に人をどの位助けたか分かりませんが。 3日ぐらいは下駄がこうのべつに流れて来たてぇますが・・えー、後で検視の役人が来て調べた。 と、橋桁の所に島田の髷が一つ、こう残っていたそうで、で、これを見てさすがに役人が顔をそむけたそうですが。 えー、落っこちる時に島田の髷がどうかして引っかかったんですね、人間がこう宙ずりになっちまう。 そこへ人が落っこってくる、もう溺れる時はわらをも掴むなんてぇ例えが有りますが、何かにしがみ付こうてんで“だ~っ”てんでこれへ、また上から人が落っこって、それが為に落ちます、そのたんびに毛がぶつぶつぶつぶつ切れて、髷だけが残って人間が下に落ちて死んだという、さぞつらかったであろうなと役人も涙をこぼしたと言いますが。 あまり気の毒だと言うのでこの島田を祀りまして仏にした、“島田が仏”と言って・・あんまりこれは当てにはなりません。 へっへ、えー、嘘か本当か分かりません。

ま、とにかくえらい騒ぎで、うー、今の様に報道陣が居りまして、えー、詳細に調べて発表するなんてんじゃあない、人の口から口へ伝わって、「え、おう! 聞いたかいおい、永代橋がおそ・・落ちたってぇじゃねぇ!」 『え? 永代橋が!?』 「あー、大変な人死にだって! 7,8百人は死んだろうって!」 『へ~! えー、そりゃ大変だねどうも!』

「何だってね、永代橋が落ちたってね!」 『おお、今聞いた、7、はく・・7,8百人も死んだってぇじゃない!』 「7,8百! 冗談言っちゃあいけねぇ、そんなもんじゃあねぇや、5,6千人は死んだー!」 『そうかー? おらぁ今聞いたら7,8百人だてぇが・・』

『永代橋が落ちて、何だってねー5,6千人は死んだってねー!』 「冗談言っちゃいけねぇ、そんなもんでききやしねぇや、ん! 10万8千人は死んだー!」 どうも話が段々段々大きくなっていく。

さあこう言う時に大変なのが家主、大家さんと言う。 で今の方は家主と言うとその家の持ち主だと思ってらっしゃいますが、そうでは御座いません。 あれは差配人、つまり今のように番地というものが昔は付いておりませんで、何々町という、それに家主という者が1町内に何人もおります。 えー、何々町家主太郎兵衛とか、あー六兵衛とか何か名前が有って、でその支配内と、こう言う事になってる。 だからその家主の所へ行けば、ここにはこう言う者が住んでいるてぇ事が分かります。 だからたとえ地面、家屋を持っている者でも、えー、家主の支配内という事になる訳で御座いまして、あー、自分の関係の者に何か間違いが有っちゃあならないてんで、尻っぱしょりでな、血まなこで・・

(その3へ続く)




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