Nicotto Town



三遊亭円生『永代橋』その4

『何処へ落っこった?』 「何処へ落っこったって、永代橋が落ちて死んだんだろ!」 『冗談言っちゃあいけねぇ、あっしは死にはしません、死にません。』 「この野郎、まだ強情張ってやがる、死にはしませんたって死んでるじゃない!」

『どうして?』 「どうして? どうしてもこうしても無い、見ろ! ここにちゃ~んと指し紙が着いている、え! 神田大工町、あー家主多兵衛棚、武兵衛水死に付き死骸を引き取りに来いと書いてある。」 『ええ! じゃ死んだんですかね?』 「死んだんですかねぇって、死んだんだ。」 『だけど変だなー、死んだような気がしねぇんですがね・・』

「何を言ってやがる、死んだような気がしねぇったって、手めぇだって初めて死ぬんだろ?」 『ええ、ま、初めてです・・』 「初めて死んだんならどんな心持だか分かる訳はねぇじゃねぇ、今の心持が死んだ心持ちだ!」 『そうすかね?』 「そうですかってまだ疑ってやがる! じゃ嘘だと思うんなら俺と一緒に来な!・・おばあさん、ああいいよいいよ、じゃあおめぇ留守をしていな、野郎引っ張って俺は行ってくるから・・さあさ早く歩け、えー早く歩きなよ。」

『へぇ・・ね、ねえ大家さん、大家さん!』 「何だよ?」 『あっしは死んだんですねー?』 「死んだんですねーって、死んでらあな!」 『じゃ大家さんも死んだんですか?』 「縁起の悪い事言うな! 俺は死には死ねぇ!」 『けっ! じゃあ可笑しいじゃねぇ、お前さん死なないったってあっしは死んだって・・死んだもんと死なねぇ者とこうやって並んで話をして歩くのは可笑しい!』

「それが手めぇが馬鹿だい!」 『何が?』 「何がたって・・死んだ者のくせしやがって生きた者と並んで歩くなんてぇのは生意気だ! 少し下がれ!」 『だけどどう考えても変だなー!・・あっしはねー、死ぬのみんな嫌がりますわねー、えー。 今朝酒飲んだんだけどもねー、いつもとちげぇねぇんだがねー、やっぱり旨ぉがしたよ!』 「そういう手めぇは馬鹿だ、えー! まあ酒に酔いやがってそんな呑気な事言ってるが酔いが醒めてからとんでもねぇ事したてんで悔んでもおっつかねぇぞ!・・・あー、あーあー! 来ちまった! 見ねぇ、えー、この人を! みんな身寄りかなんか亡くなったと見えて、あ~あ、おーおー泣いてらー、可哀そうに!・・あ、ここにお小屋が有る、ここで聞いてみるから少し待ちな。」

「えー、ちょっとお伺いを致します、お願いで御座います。」 『何だ?』 「えー、神田大工町で御座います。 家主多兵衛、えー長屋の者武兵衛水死に付き死骸を引き取りに参りました。」 『おー左様か、えへん! あー何処だ・・神田大工町・・んん、あー、神田大工町家主多兵衛、其の方か? んん、武兵衛水死に付き死骸を引き取りに参ったと言う、ん、あれにな、大きくこう右左に分かれておる。 右の方は住所氏名の分からん者、左の方は、うー、町所、名前の分かっておる者で、左の方の・・あそこにこう書いてある、うー、1、2、3・・3番を入って5人目が武兵衛の死骸である。 あー、よくあらためて、間違いなくばいたわって引き取ってやれ!』 「有り難う存じます・・・さあさ、一緒に来い、おい、早くしな!」

『随分大家さん死んでますね!』 「死んでる!」 『気の毒なこってすねー!』 「何を言ってやがる、気の毒なこってすたって、手めぇだって仲間じゃねぇ!」 『え、誰も悔みを言わねぇからねー、こっちが一人で言ったんです。』 「何をぐずぐずしているんだよ、早く来いてんだよ!・・えー1、2、あーこれだこれだ、さぁー、あー5人目てんだ、あ、これだ。 さあこの菰をまくってみな!」

『菰を? まくるんですか?』 「まくるんですかって、早く調べてみろ!」 『じゃ・・あ! これ!・・これ俺・・あっしですね、これ?』 「おめぇだ!」 『浅ましい姿になっちゃったんだなーどうも・・(クシュッ!)こんな事なら先月家賃も払わずにもっと旨ぇ物食えばよかった!』 「この野郎! まだこの上に店賃(たなちん)を踏み倒す気になってやがる!」

(その5へ続く)




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.