Nicotto Town



三遊亭円生『永代橋』その5

『あれ! 大家さん! こりゃあ違いやしませんか? だって可笑しいね、あっしはこんな着物など着ちゃあいねぇがねー』 「何を言ってやん・・それが手めぇが分からねぇー、こんな着物は着てはいませんたって、手めぇ一人で死んだんじゃあねぇ、こんなに大勢死んでるんだ、人の着物を着て死ぬ者も有れば裸になって死ぬ者だって有る!」 『そうすかねー? だって、顔が長くなったねー!』 「少しは・・伸びたんだ」 『死んで伸びるんですか?・・だってこれは違うよー、ここんとこにこんな大きなホクロが有るよ! あっしゃあホクロなんて有りません。』

「どうしてそう分からねぇんだなー、死にゃあホクロの一つぐらいできる事も有るんだよ! ぐずぐず言わねぇで引き取るんだ!」 『引き取る? どうして? これ引き取るんですか?』 「引き取るんですかって、引き取りに来たんじゃねぇか!」 『で、引き取ってどうするんで?』 「どうするったって弔いを出すんだ!」 『あっしが?・・変だねー、自分の弔いを手めぇで出すてのは変だ?』 「何を言ってやがる! 何が変なんだ? 手めぇは一人もんだろ、他に出す者がなきゃ手めぇで出すよりしょうがねぇじゃねぇ!」

『そうすかねー?・・じゃあ香典下さい!』 「何を言って!・・店賃が溜まってるから差っ引きだ!」 『ひどいねこりゃ!・・だけどどう考えても変だなー・・・あー、なんですけど、こりゃあ、あっしは引き取るのよしますこりゃあ! 』 「おい、おい、おい! 馬鹿な事を!・・引き取るのよしますったって役人に断って来て今さらよせるかい!」

『じゃ、どうしても引き取らなきゃいけねぇんですかー? じゃー、んー、こんな大きいんじゃしょうがねぇー、じゃこっちの赤ん坊を引き取って・・』 「こんな分からねぇ奴は無い!! 手めぇの代わりに赤・・」 『だって大家さん、大き過ぎるものこれ!』 「魚を買ってるんじゃあねぇんだ、何だ大きいの小せぇのと、手めぇが・・」

『これこれ!・・これ! これへ参れ!』 「見ろ! んな、手めぇのお陰で小言を言われなくちゃならねー・・・へい!」 『かような場所で争いを致すたわけが有るか!』 「えー、争いという訳では御座いませんが、今さらになって死骸を引き取るの引き取らんのと分からんことを申しますので、この者に小言を申しておりました様な訳で。」 『それは不埒な奴だ! 其の方名は何だ?』 「えー、これは武兵衛で御座います。」 『?・・武兵衛の死骸を引き取りに参ったのであろう?』 「へえ、左様で御座います。」 『で、その者も武兵衛と申すか? 其の方、長屋では何か、武兵衛と申す者が二人有るのか?』 「えー、左様な時は紛らわしゅう御座いますから方方(かたがた)は名前を取りかえるように致しておりますので・・」 『で、その武兵衛という者は何だ?』 「えー、本人で御座います。」 『何だ本人と言うのは?』 「何しろ自分で死んだのを忘れて酒を飲んで酔っているような、どうもそそっかしい奴で御座います。」

『何か貴様の言う事は一向分からん! 其の方何か、武兵衛と申す者か? 死んだ覚えが有るのか?』 「・・(スーッ!)そう言われて見ると、昨日なんだか嫌~な心持に成りましてねー、えー! じゃあ事によるとあの時に死んだのかも知れねぇんで・・どうも誠にすいませんで。」 『何だ謝っておる。 何か可笑しい、何かの間違いであろう!・・あー、その箱の中に紙入れが入っておる。 いやいやこちらだ、あーちょっとお出し下され・・あー、武兵衛、其の方この品に覚えが有るか、どうじゃ?』 「え? あー、そりゃあっしんだ、泥ぼー!」 『何だ泥棒とは?』 「だって、だってあっしは取られたんで!」 『取られた?』

(その6へ続く)




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