Nicotto Town



三遊亭円生『おかふい』その2

この主の右兵衛と言う、これが中々にお洒落で御座いまして、自分も年頃で女房を貰わなければならないが、江戸一番と言う器量のいいのを持ちたいが理想なのはないかと言う訳で、縁談を色々持って来ると当人が贅沢な事を言いまして、色の白い女がいいと言うから白くて少し太ったのを見せると・・

「あー、どうも・・あまり感心しないね!」 『お色がお白ぉ御座いますが・・』 「お色がお白いったってお前、ただ白くてぶくぶく膨れてるんだー、水瓶へ落っこったおまんま粒見たいだ! ああいう白膨れじゃいけませんよ。」

じゃあ黒い方がいいのかてんで、浅黒いのを見せると、「ありゃまた黒過ぎますね! 裏表が分からない!」 そんな黒い顔は無い・・背の高いんじゃあ、「ひょろ長い!」、小作りは、「ズンズラ短い!」てんで・・で当人も少しあぐねてきまして・・

ある日浅草の観世音へお参りをする中店で出会いましたのが年頃十八、九で御座いましょう、お屋敷勤めをしたというようなごく堅い身なり、で堅い中にも何とも言えない粋な所が有り、器量はもちろん言うまでもなく、背は高からず低からず、痩せなからず太らからず、中肉中背と言う、色の白いとこは雪にカンナをかけて木賊(とくさ)で磨き上げたという、いやど~~も実にいい女で、右兵衛が唸った!

「んーん! いい女だなどうも! 天人が天下ると言うが、いやもうこれより他にはない!・・何処へ行くだろう?」 後からついて来ると本町辺の有る御大家のお嬢様、人をもって聞いてみると嫁にやったっていいとは言いますが、何しろ器量のいいために縁談が降る様だと言う、人頼みではもういかんと言うので右兵衛さん食料と毛布を持って座り込み戦術! これでいけなければハンストに入ろうてぇ騒ぎで!

『それ程に思召すならば、不束な者ではあるが差し上げよう。』と言う、目出度く御縁がまとまりまして、名前がおりえさん、お年が一八と言うので、あー器量ばかりではない、誠に御貞女で御座いましてね、また右兵衛もおかみさんを大事にして・・

「あーあ、りえ、お前何処へ?」 『ちょっと・・蔵へ出し物に・・』 「何だい、蔵へ! あーあ、お待ちなさい、あそこは暗い所が有るから、えー、転びでもしては危ないからあたしが一緒に行く!」 『恐れ入ります。』 「何恐れ入ることはない。」

「あ、りえや、お前何処へ?」 『ちょっと・・憚りへ。』 「憚り? いえ私も一緒に行きます。」 こりゃあもう実に仲のいいもんで、えー、憚りでも何でもついて来ましてね、金隠しの向こうへしゃがんで待ってるという・・丸でどうもなついた猫みたいなもんで。

ところがあんまり良すぎていけないもんで、川柳に有りますね、“その当座、昼もタンスの家具が鳴り”なんという・・何の事だか私は良く分かりませんが・・・右兵衛さんが健康を害して顎(あご)でハイ(江戸っ子はハエとは発音出来ずハイと言う)を追うと言う病にかかる・・顎でこぉーハイを追います、顎ハイ病てぇ奴で。 先生が脈を取ったが首を曲げたんで、今ならホルモンを少し続けてお打ちなさいと言う所でしょうが・・

『だいぶ御主人は心(しん)が弱っておいでになるようで、何か精分の付く物をお召し上がった方が宜しいと思います。』 「何がよかろう?」 『ゴマなぞは、えー、お薬で御座います。』 「ゴマがいい! んじゃあ明日っからゴマのおまんまを炊いて下さい、ゴマ飯を! おかずもゴマ汁にして、その上からゴマを振り掛けるから!」 丸でお祖師様(おそっつぁま、日蓮の事)が御難に有った様・・色々手を尽くしたが重る(おもる)ばかりと言う。

おりえさんは枕もとを離れずの看病で、『あなた、お心持はいかかで御座いますか?』 「有り難う御座います・・(クシュッ!)今度ぁあたしはもう助からないこりゃあ! えー、いやいやいや、お前はそうして何かと力も付けてくれるが、お医者様が帰る時お前を陰へ呼んでこそこそ言ってるから、そこから這い出して様子を聞いたら、“この病人はもうとても治る見込みは有りませんが、補いの薬は置いて帰る”とおっしゃっていた。補い何ぞ飲んだってしょうがない。 あたしは気に掛かる事が有って、どっ~~しても死ねないんだよ!」

『何かお心に掛かりますならわたくしへそれをおっしゃいまして!』 「おっしゃいましたって駄目ですよ、やって出来ない事じゃあないが・・・そうかい? お前がそれ程言うなら話をするが・・そんないい器量で私が死んだ後、さぞ二度の亭主を持って・・お前がそれと仲良く暮らすかと思えば・・(クシュッ!)私はとても死にきれませんよ!(クシュッ!)」

(その3へ続く)




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