Nicotto Town



三遊亭円生『おかふい』その3

『そんな事をお考えあそばすのでなお御病気には悪いので御座います。 旦那様にもしもの事が御座いましたら私はもう生涯夫は持ちません! 尼に成りますから。』 「そんな事言ったって駄目ですよ! 尼に成りますったって、毛なんぞ切ったって後からすぐピョコピョコ伸びてきちまいます、毛ピョコですよもう・・お前みたいないい女を打っちゃっときゃあしない、必ずまた亭主を持つ、それを思えばあたしはもう死にきれない!」

『それではわたくしが困るでは御座いませんか、どうしたら旦那様のお気が静まりますので?』 「あたしも色々考えたが、番頭の金兵衛、若い時ゃあ中々いい男だったが、鼻が無くなっちゃってへんてこりんな顔になった。 お前の綺麗な鼻でも無くなれば彼これ言わないと思うから、どうかあたしが安心して死ねるようにお前の鼻を削いで私へおくれ! ついでに髪の毛も切っておくんなさい!・・髪と鼻をおくれ! 鼻髪をおくれ!!」

駄々っ子が風邪ひいたような事を言う。 並の女なら、『何を言ってるんだい馬鹿馬鹿しい! そんな事が出来ますか!』と言うのを、御貞女で御座いますから、『ちょっとお待ちあそばして・・』と次の間へハサミを持って来る、緑の黒髪を根元からぷっつり! カミソリを出すと御自分の鼻をスカッと削いで・・『なんなさま(旦那様)、ほ望み(お望み)の通り髪と鼻を持って参りました!』

「切ってくれた!! わあ!・・何たるお前は貞女だ! (フ~ッ、ハ~ッ!)これであたしも行く所へも行かれます。 これが髪の毛でこっちが鼻ですか! お前の鼻は綺麗だ! 勿体無いからあたしはこりゃあ頂戴しますよ・・あ~ん、ん、ん・・あ~もう実に旨いもんだ!」 酷い奴も有るもんで、おかみさんの鼻をむしゃむしゃ食べちまって、さあもう俺は死んでいい・・と気が落ち着くと妙なもんで、お医者が少し持ち直したという、一枚紙を剥いだ様に全快で、さー、お悦びは一方(ひとかた)で御座いませんで、

「あー、有難い! お前のお蔭であたしは命拾いをしました。」と大変喜んだ。 ところが喉元過ぎれば熱さを忘れるてぇ奴、今度は鼻の無いおかみさんが少し嫌になって来た。

『はの、なんな様! んご飯が出来ましたから、ほきゅうじをひたしましょう。(あの、旦那様! ご飯が出来ましたから、お給仕を致しましょう。)』 「いいよ、いいよ、今おまんま食わない!」 『そんなことをほっしゃいませんで、あのー、かれぇのほいしいのが御じゃいますから・・(そんな事をおっしゃいませんで、あのー、カレイの美味しいのが御座いますから・・)』 「何が御じゃいましたっていけませんよ・・女中をよこしな女中を! お前は駄目だてんだよ! そこに座ってると鼻の穴から飯粒が飛んできそうだ。 見ていてこっちが気味が悪いや、そっち行ってくんな!!」

『そんな貴方、ほ情けないことをほっしゃいまして!(お情けない事をおっしゃいまして) えへへへへへへ!!』 「何だその顔で泣かれてたまるかい! こんな飯が食えるか!」 お膳を足で蹴返す、おかみさんは“ワァ~!”っと泣き倒れると、「あー、面白くもない!」てぇと金を持って表へ飛び出し、二日、三日お帰りがない。 さあー、旦那が帰ったから何とか機嫌を取ろうとする、これをぶつ、蹴飛ばすという、余りの事に番頭の金兵衛が、

『どうも旦那様はけしからん事です、これは貴方、どうも宜しく御座いません! ほういう(こういう)御貞女のほかみさん(おかみさん)で御座いまして、大体貴方の為に鼻が無くなりまして・・』 「何を言ってやんだおい! 右を向いても左を向いても化け物屋敷だ内は! あー不愉快でいけない!」てんでまた金を持っては出ると言う。

さあ御親戚が今度は許しませんで、「どうも怪しからん奴だ、構わないから訴えろ!」と言う訳で、『それはあまり・・』と言うのを、女房りえの名前で南の町奉行へ指し紙が着き、右兵衛ビックリ、白洲へ出てみると女房から親戚の者がズラリと居流れております。

(その4へ続く)




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