思い出の円盤餃子
- カテゴリ:自作小説
- 2011/11/07 14:06:31
僕は酒を呑めないが、彼女はビールが好きだ。
「ねえ、たまには連れてってよ」
「じゃあ、例の所」
商店街の外れにあるその店は、女将がひとりで切り盛りしており、気の利いたつまみを出してくれる。
「ああ、いらっしゃい。久しぶり」
ふたりで暖簾をくぐると、先客はひとり。
「こんばんは。ご無沙汰してます」
如才ない彼女の挨拶ひとつで、カウンターの空気は、ぱっと明るくなった。
「ああ、みっちゃん」
常連客のTさんも、微笑んで返した。
僕も一礼して座る。
おそらく七十歳前後のTさんは、元小学校の校長先生。町の相談役で、呑んでも呑まれない明るい酒を嗜む。
けれど、今夜は妙に物静かだ。
「A君、恋の街札幌、歌ってくれないか」
「は?」
意外だった。僕の彼女、みっちゃんは、カラオケ上手でリクエストされることも多いけれど、僕は・・・。
でも、Tさんは予約を入れてしまった。
「次は、赤いハンカチを頼む」
僕の下手な歌二曲のうちに、カウンターに妙に神妙な空気が流れた。
「ありがとう。七年前に逝った女房が、裕次郎の大フアンでね」
「そうですか。裕次郎さん、いいですよね」
彼女は僕より大分年上だ。裕次郎の全盛期を知っている。
「女将、例の物、作ってくれ」
Tさんは、こころを哀愁で奪われているかのようだ。
女将は、小さくうなずく。
フライパンを熱し、油が敷かれる。
「実は・・・」
語りが好きでないTさんが、訥々とことばを連ね始める。
「死んだ女房、扶美子って名前なんだが・・・。飯坂温泉にある照井の円盤餃子が大好物でな、湯治を兼ねて一年に四、五回は行ったものだ」
彼女は、ことばの出口で迷っている。
『どう答えたらいいの?』
僕は、下唇を噛んで首をかしげることしかできない。
「はい、おまちどおさま、円盤餃子」
「さあさあ、遠慮せずに。特別に照井で冷凍して送ってもらった」
その時、Tさんの頬の哀愁が、一瞬溶けた。
「今日は、女房の命日なんだ」
「いいんですか?」
「もちろん」
僕と彼女に、いったい、Tさんに告げるべきどんなことばがあるというのだろう。
ただ両手を合わせ、餃子を頂くのみ。
「おいしい」
僕らは顔を見合わせた。
女将は、じっとTさんを見つめている。
恥らうような小さなさざなみが、Tさんの横顔に浮かんだ。
「扶美子、そろそろ、後添えをもらって、いいだろう、な」
女将は、天国のTさんの奥さんに挨拶をするかのように、わずかに首を上に動かす。
『痛っ』
僕の左腕を強くつねって、彼女は視線を送ってくる。
『さあ、私たちは帰らないと、お邪魔虫になっちゃうよ』
帰り道。
ライトに照らされて、散り行く街路樹の鈴懸の葉が、一瞬、輝いた。
了
*飯坂温泉~福島市郊外にある温泉
*照井~円盤餃子の名店
帰り道のすずかけの葉がキランと輝いたとこが、幻想的でねステキ!!♪
ラブリ~な小説をありがとう、心がほっこりしますよね♪
ホントのお話なのかな(◔‿◔。)?
人は1人では生きられないから
彼が奥さんの気持を亡くなったあとも思い続けていたように
彼女(亡くなった奥さんも、ご主人の新たなる幸せをきっと願ってると思う)
私もそうおもうし^^;
旦那がもし僕が死んだあとでさみしそうに1人でいたら
ばけて!「あんた~~早く再婚しなさいよ~!」っていうかも
身の回りのこと ちゃんと出来ないだろうから って…
食事ひとつにしても 栄養面とか 健康面とか 色々と心配してたと思うンだ
天国の芙美子さんは きっと 喜んでくれてるよ
そう云う思い出の世界に 一瞬でも ご一緒させて頂けて 良かったネ
カテゴリが自作小説になってるけど
これはめめちゃんが体験した話だと決めつけた!! うん☆ 決めつけた。。。
う~ん、素敵なお話ですね。小説みたい^^
題名だけでいったら、岩太郎さんの事だから、どんなギャグが待ち構えているのかと思いきや。
うーん、なかなか侮れませんよ!?