Nicotto Town


てらもっちの あれもっち、これもっち


モンゴルの捕虜収容所

太平洋戦争後のモンゴルの日本兵捕虜収容所の本を読んだ。

 

中国東北地方に配置された日本兵の一部が、取り残され、シベリア鉄道で移送され、モンゴルの捕虜収容所に収監された。

その収容所では、収監されて、すぐに、下士官、将校クラスは、元ヤクザの兵士に倒されてしまい、ヤクザが覇権を握り、ヤクザによる暴力と食料の占有が行われたらしい。

モンゴルはソ連の衛星国だったので、シベリアと同じような強制労働があり、捕虜たちは首都ウランバートルのビル建設に駆り出された。

 食料がない窮乏した生活の中で、人は野生に戻る。生存本能だけで生き、他人を出し抜いてでも、食料を確保することが目的となるような思考回路になった。寒い地域なので死者も多く、凍死したり、壊疽で白骨化した足の指をそのままに働く人たちもいたらしい。

 監視するモンゴル兵やソ連兵は、労働が行われていれば、それで成果となるから、死者数は気にしない。ヤクザと結託し、食料の横流しをして利益を上げていたらしい。他の収容所では、下士官がその役目を負っていた。

 最後は、ウラジオストックから日本に送還されるのだが、ウラジオストックでの共産教育も凄まじく、行列しながら共産党賛歌を歌ったり、弾劾裁判を行ってから、やっと日本行きの船に乗れた。

 

 色々と感じるところがある本だった。

 

 戦争に負けるということは、そういうことなのだろう。

 

 戦国時代に戦争に負けた藩の多くは、そういった悲惨な運命になった。カンボジアも。ミャンマーも。多分、今のシリアも、ロヒャンギも。

 

 アメリカに占領された日本が、今、幸福な国なのは、様々な要因が絡んでいると思う。日本人が素晴らしく勤勉で、よく働き、今の日本を作り上げた、などという単純な理由ではない。

 中でも、アメリカの独善的だけど、あっけらかんとした善性によるところが大きいと思う。

 

 残念ながら、僕たち日本人は、アジアのジメッとした、隣国を気にしながらの、村意識的な善性しか持ち合わせていないわけで、世界の平和に貢献するぞ。自衛隊派遣!などと声高にもいえず、お隣の国との平和も保てない雰囲気である。平和の意味が、世界平和から国内平和になったり、原爆や空襲や戦死者の方々、生き残った人々の重いからも学べていない。
 
 多分、大事なのは、憲法通りにちゃんとする、または、憲法を現実に合わせてちゃんとする。

 という、「ちゃんとする。」というところから、なんだろうな。

 

 今は、右に行くにしろ、左に行くにしろ、「ちゃんとしてない。」気がして仕方がない。

 自分たちが、日本が、なぜ、あるか。なんのためにあるか。何を学んできたのか。どこへ行きたいのか。何者なのか。

 

ちゃんとしてないんだろうな。

 

と、ボヤかしながら、ぼやく。

 

ああ、ちゃんとしてないのは、僕か。。。。。

 

それでは、おやすみなさい。

 

 




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