天の声
- カテゴリ:自作小説
- 2015/06/10 17:54:53
「やっぱりなあ、聖歌隊のアルトからJさんを外してくださいって、結婚式場の担当者に言われてしまったよ」
私のボスは電話を受けた後、そう言って、腕組みした。
『とうとう、その時が・・・』
私は、そのことばを、声に出せない。
「前回のパフォーマンスじゃあ、言われても仕方ない。でも、聴覚障がいも、そこまで進んでいたとはなあ・・・」
Jさんは、私が知りうる限り、最もタフな女性である。生まれつき目が不自由で、小学校から寮生活。地元の女子大の音楽科を卒業してまもなく結婚、教会結婚式場の聖歌隊の仕事を、もう20年近く続けてきた。週末だけパートタイマーだが、彼女にとっては生きがいだったに違いない。
忘れもしない、Jさんに会った日の事は。
「あたしのこと、かわいそうとか、気の毒だとか、ちょっとでも思うなら、絶対に友達になってあげない」
強烈だった。
当時、私は、事業に失敗して都落ち、人間なんて誰も信じられなくなっていた時だっただけに、鋼のようなJさんの芯の強さに、こころ打たれた。
その後、Jさんは、私の欠点を誰にも遠慮せず、ずけずけと言った。言われた当初は腹も立たが、今では、ずいぶんと自分のこころの糧になっている。
~変えられないものは、受け入れる穏やかさを~
Jさんからもらった、今年の私のバースデーカードに、そう書かれていた。
私は休憩時間をもらって、建物の外に出た。
ド田舎である。
向かいの蔵の扉上には、ツバメが巣を作っている。
県道を渡ると、あたり一面、田んぼが広がっている。
『Jさんの御主人に連絡を取ろうか』
迷って、止めた。
しばしの黙想の後。
私のこころに、こんな思いが湧いた。
『視覚だけでなく、聴覚にもハンデを負い、いちばん得意な歌まで失くした彼女は、きっと、選びに選らばれた人しか聴けない天の声を聴き、天上の歌をこころで歌えるようになるにちがいない。たとえ、目と耳の機能が完全に失われても…いや、そうだから、こそ』
失ってこそ得られる、尊いものが、確かにこの世界にも存在する。
私はJさんの生き様に、深く頭を垂れ、ふたたび日常の業務に戻った。
了
すごい人はやっぱすごいΣ と改めて思います。有難うございます^^
すごい人ですね。そして、その前向きな思考ステキです^^
今まで目一杯走ってきたから、ここらでちょっと一息・・・。
いろんな意味で自分を見つめ直す時間をくれたのかもしれませんね。