Nicotto Town


てらもっちの あれもっち、これもっち


ある歌の物語 第三章 「夏の国」

かつて中国に「夏」と呼ばれる国があった。
匈奴の劉氏が建立したと言われる。別名を「胡夏」という。

都の通りには人があふれ、市場には十分な農産物が出回っていた。

文字は文官の間では一般的に使用されていたし、言葉も通じない場所が無い程度には普及していた。

数年ごとに戦はあった。しかし、それらは兵士達やその家族にのみ関係する事で、民の間では遠くの出来事だった。

都に一人の歌人があらわれた。

歌人は、街角で歌を歌った。
二胡をつま弾きながら、美しい音色を聞かせ
そして愛について歌った。

その歌は人の心をうつ言葉に彩られていた。
愛する二人が別れ、しかし永遠に愛し合う。

歌人はそれを言い伝えの歌だと話した。

歌人の周りには人々が集った。
歌は人々の心を深い所で揺り動かした。
歌人の前に置かれた籠には銅銭や貝殻を投げ入れられた。

噂は王宮にも伝わった。
王はその噂を聞き、歌人を王朝に呼んだ。

歌人は古い愛の歌を王の前で披露した。
歌は多くの王宮の人々の心をとらえた。

歌人は王朝の人々に何度も呼ばれ
求められるままに演奏し歌った。

後宮の簾の前でも歌った。

歌は美しい后妃の心までも奪った。
后妃が夜の寝室で歌について語り嘆息した。
その姿を見、王は嫉妬した。

歌人に。
そして歌に。

王は悲しかった。
戦を命令し、別れを作る自分が悲しかった。

歌を聞くのが辛くなっていた。

王は歌人の家に人をやった。
褒美をやると伝え、王宮に呼んだ。

何が欲しいか。
そなたの望みを叶えよう。余の出来る限り。
そなたは、この街に美しい歌を与えてくれた。
感謝だ。

歌人は答えた。

私は西に帰りたい。
何かが待っているのです。
歌う心の奥底に、西への想いがあるのです。
西に旅立ちたい。

王は答えた。
わかった。出来る限り、望みを叶えよう。

歌人は喜んで帰った。

王は側近に指示した。
あの者を東の、あの島国にわたる船に乗せよ。
西は地続きだが、東は海で隔てられている。
あの歌を聴く事はもうあるまい。

歌人の家にあらわれた兵士達は、歌人を和の国に向かう船に乗せた。
荒れる海をわたり船は、砂浜に到着し、歌人を降ろした。

船は遠ざかっていった。

歌人はしばらく呆然として砂浜に立っていた。

やがて近くの村に歩き出す。

二胡はある。歌もある。
人はいる。

ここでも、生きていけるはずだ。




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