Nicotto Town


藍姫の本棚♪


MONO ~胡蝶の夢路~ (2)

<成田 聡子>
 
 
「それは胡蝶の夢ってやつだね」

小林 和泉《コバヤシ イズミ》が人差し指を立てて、自慢げに振ってみせた。
和泉は、国語が得意だ。私と違って。

「誇張?」

「そうそう、大げさに表現された……って、おい!」

和泉が大げさに私にツッコミを入れた。
大人しそうな外見とは違って、和泉は はっきり物を言う女だ。

「あはは。ことわざだっけ? 四字熟語? それとも、漢文?」

国語の時間は睡眠時間に充てている私は、本当は よく解らな
いので適当に答えておく事にする。

「荘子だよ」

「ああ、そーしさんね、そーしさん」

「昔者《ムカシ》、荘周《ソウシュウ》、夢に胡蝶となる。
 栩栩然《ククゼン》として胡蝶なり。
 自ら喩《タノシ》みて志《ココロ》に適うか、
 周なることを知らざるなり。
 俄然として覺《サ》むれば、
 則ち邃邃然《キョキョゼン》として周なり。
 知らず、周の夢に胡蝶と為るか、
 胡蝶の夢に周と為るか。
 周と胡蝶とは、則ち必ず分あらん。
 此れを物化と謂う」

毅然として迷いのない和泉の声。

私は、ただポカンと大口を開けて和泉の顔を見た。
我ながら間抜け面だ。

和泉は噴出すようにクスクス笑う。
不思議と馬鹿にされている気はしない。和泉って本当に得な性
格だと思う。

私も照れ笑いを浮かべ、大げさに頭を掻いた。
解らないものは、解らない。

「昔、荘周と言う人が、蝶になって遊んだ夢を見て目覚めたら、
 自分が 夢で蝶になったのか、蝶が夢を見て今の自分になっ
 ているのか分からなくなったと言う お話だよ。まあ、簡単に言
 うと、夢と現実の境が はっきりしない境地って事かな」

「ふんふん、なるほどねぇ~」

はっきり言うと、実は、まだよく解らなかったのだが、私は理解し
た振りをして曖昧に頷いておいた。

だが、夢と現実の境がはっきりしない”と言う和泉の言葉だ
けは妙に納得する。
確かに途中まで夢だと気付かなかったのだ。

時の止まった部屋で、花に囲まれて生活する私。どう考えても、
現実味はないのに……。

あの時、確かに私は蝶になっていた。

「きっと、聡子の願望だね」

「そうかも! 私達も来年は三年生。ついに受験の年だからねぇ~」

私は、大げさに溜め息をついた。
和泉は、成績優秀だからいいが、私は……。

夢の世界の方がどんなに楽だろう。
逃げる事ができない現実は、いつでも厳しい。

私は、これ以上、テンションが下がらないように話題を変えた。

和泉は切り替えも早い。
すぐに、新しい話題についてくる。

私達は、どうでもいい話に一喜一憂しながら、いつものレンタル
ビデオ店の入り口をくぐった。

毎週金曜日になると、必ず和泉が家に泊まりに来る。
地方から一人で都会に出てきている和泉に、夕飯と団欒を提供
するかわりに――あくまで名目上だが――勉強を教わるのだ。

和泉は、当然、私の両親にも受けがいい。
和泉の性格もそうだが、和泉が泊まりに来るようになって、私の
成績が少し上がったのも、好感度が高い要因だろう。

もっとも、それは試験前に賭けたヤマが当たっただけの事なの
だが。

夕食後、申し訳程度に勉強して、深夜までビデオ鑑賞をするの
が、私達の週末の過ごし方だ。

「ねえ、これは?」

私は適当なビデオを手に取った。

筋肉隆隆の男女が激しい爆炎の中、走っている。
やたらとハードそうな内容を予告するパッケージだ。

「それ、先々週、観たよ」

「じゃあ、これ」

今度は、目元涼しげな役者の背景に、マリンブルーの海が広
がっている。

「それは今月の始めに」

「……お任せします」

私は、店のベンチに腰掛けると、パッケージの裏面と睨めっこ
する和泉を観察した。

眉間に皺を寄せている。
そんな一生懸命さが微笑ましいが、時間がかかりそうだ。

私は店外に目を移した。
夕暮れの街は家に帰る人で賑わっている。

スーツ姿の男の人、子供を連れた女の人、自転車で通り過ぎる
人。
……人、人、人。現実的で、どこかに嘘がある風景。

解らなくなる。
私は、ここで何をしているのだろう。

時間の流れに取り残されているみたいだ。
いつもの夢と同じように……。

では、ここは夢の中?

最近、私の中で現実と夢の境が曖昧になっている。
あの花だらけの夢を見るようになってからだ。

胡蝶の夢。
先程の和泉の言葉が頭の中で再生される。

花達に囲まれて時間に取り残された私と、今 ここで外を眺めな
がら呆けている私。

どちらの私が本物なのだろう?

 ・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・

『眠れる森の赤頭巾』 の沙織のクラスメイト、聡子と和泉がメイン

のお話です ^^

どちらも夢がキーになっていますが、ジャンルが違います。





そして、週末は終わった。。。

明日に備えて、早めに撤退しますw

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2010/11/01 21:20
>カトリーヌさん
 こんな話……と言うのは覚えているのに、暗記させられた文章は
 全然 憶えていません ^^;

 私は、テストの為にやってた感が強かったです ^^

 聡子が、なぜ こんな夢を見るのか、後々に ^^
 花に囲まれた聡子は幸せですが、この夢から覚める事が、彼女に
 とっていい事なのかは、聡子本人に選んでもらう事になりそう。。。
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2010/11/01 00:57
胡蝶の夢・・ですか・・、
むか~し、学校の授業で読まされた記憶があるわ・・。

漢文は当時、興味なかったので、あまり覚えてないの(笑)。

花に囲まれている聡子・・、無理に夢と現実を区別する必要もないかもね。
それで、苦痛も不便さも覚えなければ、それは幸せな境地かも。

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2010/10/31 20:07
>スイーツマンさん
 聡子にとっては、先生ですねぇ ^^
 今の所、二人は いつも通りの金曜日を楽しんでいます。(金曜日、羨ましい^^;)

 ある種、悟りの境地なのかもしれませんね。
 頻繁に夢を見ているので、胡蝶の夢は実感しています ^^;
 あ、流石に蝶々になった事はないですがw

 また1週間が始まりますねぇ。
 今週は、水曜日が祝日なのが、まだ救いです ^^
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2010/10/31 19:53
和泉さん、解説員(トリックスター)ですね。

老荘、諸行無常に通じますね。
あるいは仏教の影響をうけているのかも。

明日からお仕事ですね
がんばりましょう




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