Nicotto Town


藍姫の本棚♪


退魔除霊師 ~ツチノコ~ (4)

『瑞希さんです』

『神子殿がっ?!』

キッパリと答えた猫又が、後に続けようとした言葉を遮って、
我は思わず叫んでいだ。

10数年前、小さな神子殿――瑞希の妹、晶――が生まれる
以前は、神子殿が名実共に“月神子”と呼ばれる存在だった。

月神子とは、邪悪な妖かしから善良な人々を守る退魔除霊
師の元締め。

物心ついた時より、その職に着く為の修行を続けてきた神子
殿が師と仰ぎ、最も信頼し、敬愛してきたのが“蝶子”と言う
女人だった。

蝶子は、大月神子――前の月神子で、瑞希と晶の母――の
姉にあたる御仁で、神子殿とも血縁関係にある。

御山に住む妖かしは、その者が、大月神子の前任者――つ
まり、瑞希達の祖母――を殺害し、犬神に傷を負わせて出奔
したと伝え聞いているのだが……。

実の所、本当は何があったのかを見た妖かしモノはいない。

その事件が、妖かしが立ち入れない御山の“聖域”と呼ばれ
る場所で起こったからだ。

事件後、関係者が集まり話していた事をまとめると“蝶子は
大妖に魅入られ、人を捨てた”
と言う事になるのだが……。

我が憶えている限り“蝶子は、今の神子殿以上に、妖かし
に気を許していなかった”
はずである。

だから、我には、蝶子が妖かしの味方をするとは思えなかっ
た。が、元月神子の死と犬神の怪我は 紛れもない事実で、
真っ先に現場に駆けつけた神子殿が心に深い傷を負ったの
も事実。

思えば、神子殿が、妖かしを必要以上に警戒するようになっ
たのも、その時からなのである。

ともあれ、かれこれ300年 生きている我が憶えている限り、聖
域が血で穢されたのは、その時が初めてだった。
それ程の大事件。

以降、出奔した蝶子を退魔除霊師の懲罰隊が密かに追って
いるとかいないとか囁かれてはいたが、この御山で、蝶子の
名を口に出す事は禁忌となった。

古来より、名とは特別な意味を持つ言の葉だ。

名を呼べば、心がゆらゆらと揺り動かされ、愛情が沸き、憎悪
が募る。時に、相手に力を与えたり、弱めたりもする。

名に誇りを持ち、名乗り合う事を喜びとする猫又達には 分か
らぬだろう。

が、この御山に住む人も妖かしも、蝶子の名を口にする事は
なくなった。

そうする事で、彼女の力を削ぐかのように。或いは、最初から
蝶子などと言う人間は存在しなかったかのように。

それを、神子殿本人が口にした、と?!

『何故だ!』

『八重さん襲撃に、その女性が係わっている可能性が……』

『10年以上経つのだぞ! 何故、今になって、あの御方が出
 てくるのだ?!』

『それは、まだ何も……』

『一体、あの御方は、いつまで神子殿を苦しめれば気が済む
 と言うのだっ!!』

『瑞希さんを苦しめるのが目的なら、八重さんよりもロクを……』

『うむむっ、これは誠に一大事! 再び、聖域が血で穢される
 やもしれん! 御山の警備をより一層 強化せねばなるまいっ!!』

『ツッチーさん! 私の話を聞……』

「うるっさぁ~い! 今、何時だと思ってるんだ!」

突然、耳元で大声を出され、我は、そのままの格好で目を回
した。

何も触れてはいないのに、まるで殴られたような衝撃だ。
音と言うのは、なかなか厄介な凶器である。

見ると、猫又も両耳を押さえ、恨めしそうに声の主を見上げていた。

「お前らなぁ、時間を考えろよ。今夜は、離れを使っているの
 が、オレだけだからいいけど、瑞希の部屋だって、ここから
 そんなに遠くないんだからな?」

眠たそうな不機嫌顔で仁王立ちしていたのは、犬神だった。

離れの方を見ると、不安そうな守宮と木母が、こちらを窺うよう
にして立っている。

『犬神! 眠っていたのではないのか?!』

「お前達が煩くて、目が覚めたんだよ」

『猫又、主の声が煩いみたいだぞ!』

『煩いのは、ツッチーさんです!』

「話をよく聞け。お前達、二人とも煩いんだよ」

犬神は、呆れたように溜息をつくと「で、こんな夜中に何の密
談?」と尋ねてきた。

『ツッチーさんの大きな声では、密談は無理です』

「確かに。でも、何を騒いでいたんだ。瑞希や八重さんの名
 前が聞こえたけど……」

事件の当事者である犬神は、当時の事を 全く憶えてないと
言う。

幼かったのもあるだろうが、目の前で祖母を殺され、自らも大
怪我をした心理的衝撃で、前後の事を忘れてしまったのだと
か。

辛い記憶を無理に思い出させる訳にはいかない!

『まあ、あれだ! 神子殿と補佐役殿は どのような男子が好
 みかと、猫又が聞くので、補佐役殿は兎も角、神子殿は妖
 かしにはなびかぬと。な! 猫又!』

『は?』

「お前らねぇ~、馬鹿な事、話してないで、さっさと寝ろ」

我ながら、上手く誤魔化せたようだ。
 
 ・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・

字数がギリギリ^^;

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2011/07/02 23:47
>スイーツマンさん
 空気を読まないのが 妖かし流 ^^
 ロクを気遣ってついた嘘もバレバレではないかと思います。
 妖かし達は、緩衝材。前編シリアスだと作者も倒れますから ^^;
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2011/07/02 23:44
>Beliver さん
 彼女は、ある理由から妖かしを信じていないのです ^^
 信じないようにしていると言った方がいいのかなぁ。。。
 蝶子が祖母を殺し……と言っているのは、瑞希ですから。
 しかも、その時の瑞希は、まだ5歳。
 事件後に現場に行っただけなので、何があったのかも
 よく知らないのです ^^;
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2011/07/02 18:28
独特の神秘的なムードが
オケ氏の登場するラストで一気にオチャラケ
肩こりがしなくていいです
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2011/07/02 14:53
そうなんだぁ…蝶子もあやかしに警戒してたんだ…
もともとあやかしに食い込んでいなかったんだ。
…黒幕って、蝶子だけど…その奥にも誰かいます?
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2011/06/28 00:05
>咲雪さん
 何となく、上手く誤魔化せた感じがしますよねぇ ^^
 オケは不本意だと思いますがw

 常に大きな声のツッチー ^^;
 聞こえていると思いますよ。離れまで。
 そして、ツッチーのマイウェイっぷりに、オケまで
 声が大きくなってます ^^;
 放っておくと、また手を上げたでしょうね。

『何をするっ!!』

『ああ、すいません、ツッチーさん。今度は、そこに
 毒蛾がいたもので。大丈夫でしたか?』

 なんて事を言いそうです ^^;
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2011/06/27 22:50
おお、ツッチーが上手く誤魔化した!
凄い進歩だと思っているのは、わたしだけでしょうか…?

確かに、初めから読み返すと、だんだんテンションが上がってきているような気がしますねぇ。
人はテンションが上がると声がついつい大きくなってしまいますが、
妖も同じなのでしょうか…?
ああ、でも、ツッチーは特に声が大きそうですね…。
ロク様は、本当に内容を聞いていなかったのでしょうか…?
聞きたくなくても聞こえそう…^^;
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2011/06/27 00:44
>カトリーヌさん
 ツッチー達 槌の子族や、モリヤン達 守宮族は、山から出る事がないので、
 一緒に住んでいる人間達が何も言わない以上、スルーするしかないようです。
 蝶子が怖い……と言うのもあるのかもしれません ^^;
 山の妖かしからすれば、瑞希以上の 反妖かし派ですから ^^;;

 放っておけば、オケが ネコパンチしそうだったので、ロクに止めてもらい
 ました ^^;
 ツッチーは声が大きいので、何を話していたのかダダモレでしょうねぇ。
 本人が思うようには 上手く誤魔化せていないと思います ^^;
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2011/06/26 23:53
蝶子のことは、かなりアヤカシの間でも封印事項なのね~。
でも、真相は闇の中・・。

しかし、ピントの外れたやり取りが、夜、大声であれば、
ロクも目を覚ましますよね。
ツッチーは、上手く誤魔化せた・・と思っているけど、
ロクはしっかりわかっているのかも・・(汗)







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